誰かに私のスイッチを切られた
私たちの取り決めは、きっかり一か月続いた。
かなり立派な記録だと私は思う。
四週間、誰もディランに興味を持っている女性たちの話をしなかった。アンドレアは余計なことを言わなかったし、息子たちも父親の話はしても、必要のない情報までは持ち込まなかった。そしてアイリーン自身も、知りたくないと決めたことをわざわざ聞こうとはしなかった。
知らなければ、傷つかない。
美しいシステムだった。
ところが、アイリーンが会社にいるとき、アンドレアから電話がかかってきた。
「忙しい?」
アイリーンはパソコンの画面に表示された書類を見た。
「少しね。どうしたの?」
間があった。
嫌な予感がした。
アイリーンも同じだった。
「アンドレア?」
「話しておいたほうがいいことがあるの。」
ああ、嫌だ。
「何があったの?」
「ディランのこと。」
アイリーンは椅子の背にもたれた。
「『知らなければ傷つかない』はどうなったの?」
「分かってる。」
「賛成したのはあなたでしょう。」
「それも分かってる。」
「じゃあ、なんで電話してきたの?」
アンドレアは少し黙った。
「これは黙ってないほうがいいと思ったから。」
その言葉で、空気が変わった。
アイリーンの指がキーボードから離れた。
「何?」
「ディランが、ある女性とよく一緒にいるみたい。」
アイリーンは動かなかった。
「よく一緒にいるって?」
「何度も二人でいるところを見られてる。」
何度も。
私はそろそろ、「何人も」とか「何度も」とかいう言葉そのものが嫌いになり始めていた。
「誰なの?」
「直接は知らない人。」
「でも、いつも同じ女性なの?」
「そう。」
アイリーンは一度オフィスのドアを見て、それから机に視線を戻した。
「それで?」
アンドレアがためらった。
「私たちより若いの。」
ああ。
素晴らしい。
アイリーンは一瞬、目を閉じた。
「どのくらい若いの?」
「正確には分からない。でも、見れば年下だって分かるくらい。」
もちろん。
どうやら、この話には追加情報まで必要だったらしい。
「それで、二人は……?」
「親しそうなの。」
アンドレアが答えた。
出た。
親しい。
普段なら何の問題もない言葉なのに、突然ものすごく怪しい言葉になった。
「どのくらい親しいの?」
「何人かが気づくくらい。」
その答えは気に入らなかった。
アイリーンも同じだったらしい。
アンドレアは続けた。
「それに、その女性……ディランにかなり夢中みたい。」
アイリーンが眉をひそめた。
「夢中?」
「細かく説明させないで。」
「電話してきたのはあなたでしょう。」
「分かってる。」
「じゃあ説明して。」
アンドレアはため息をついた。
「すごくディランに意識が向いてるの。話してるときはいつも嬉しそうに笑ってるし、それに……彼を見る目がね。」
アンドレアが言葉を止めた。
「見る目が、何?」
「見ているものが本当に気に入ってるって感じ。」
ちょっと待って。
それを先に気に入っていたのは、こっちなんですけど。
二十五年間も。
それくらいは考慮されてもいいと思う。
アイリーンは額に手を当てた。
「ディランは?」
「彼女と一緒にいて、すごく自然に見える。」
それは私が聞きたかった答えではない。
どうやら、アイリーンも同じだった。
「二人は付き合ってると思う?」
「そこまでは分からない。確かじゃないことを、そうだとは言いたくない。でも、何度も一緒にいるところを見られてる。いつも同じ女性で、二人は親しそう。それに、彼女がディランに興味を持ってるのは間違いないと思う。」
アイリーンは黙った。
アンドレアの声が少し柔らかくなった。
「一度たまたま話してるところを見られただけなら、電話なんてしなかった。」
「いつから知ってたの?」
「数日前。」
「数日前?」
「あなたが言ったことを尊重しようとしてたの。」
「知らなければ、傷つかない。」
「そう。」
アイリーンは笑った。
でも、楽しそうな笑いではなかった。
「どうやら、あの作戦には有効期限があったみたいね。」
「もう分からなくなったのよ。私から話すのと、あなたがほかの誰かから聞くのと、どっちが悪いのか。」
残念ながら、それはもっともだった。
「ディランは何か言ってた?」
「私には何も。」
「息子たちは知ってるの?」
「分からない。それに、聞いてない。」
よかった。
少なくともアンドレアは、アイリーンの息子たちまで情報網に加えてはいなかった。
それからアンドレアが静かに聞いた。
「大丈夫?」
「うん。」
私はすぐに反論した。
「大丈夫じゃないでしょう。」
アイリーンは私を無視した。
「平気よ。お昼までに終わらせないといけない仕事があるから。」
「あとで電話して。」
「そうする。」
「それと、アイリーン。」
「何?」
「二人の間に何があるのかまでは、私にも分からないから。」
「分かってる。」
「私が知ってるのは、今話したことだけ。」
アンドレアには見えないのに、アイリーンはうなずいた。
「分かってる。」
電話が切れた。
アイリーンはスマートフォンを伏せてキーボードの横に置き、パソコンの画面を見た。
そして仕事を始めた。
正確には、始めようとした。
同じ文章を三回読んだ。一つの言葉を直して、また元に戻した。メールを開いて、閉じた。
私はそれを見ていた。
「年下。」
「やめて。」
「アンドレアが言ったことを繰り返しただけ。」
「分かってる。」
「しかも、ディランに夢中。」
「オスクリータ。」
「それもアンドレアの言葉。」
アイリーンは書類に戻った。
二十秒くらいは。
それからキーボードの上で手が止まった。
「何でもないのかもしれない。」
彼女がつぶやいた。
「そうかもね。」
アイリーンが私を見た。
私はまだ言えた。
もちろん、言えた。
ただの友達じゃないのかもしれない。
ディランも彼女を気に入っているのかもしれない。
だから周りの人まで気づいたのかもしれない。
それに、彼女がそんな目でディランを見ているなら――
アイリーンの目に涙が浮かんだ。
私は止まった。
止まりたかったからじゃない。
次に何を言えばいいのか、急に分からなくなったから。
アイリーンはすぐに頬を拭い、パソコンの画面に向き直った。
「最悪。」
「アイリーン……」
「今、会社なの。」
「知ってる。」
「ここでこんなことしたくない。」
私だってそうだった。
でも、感情というものは勤務時間をあまり尊重してくれない。
ドアをノックする音がした。
アイリーンはすぐに姿勢を正し、もう一度頬を拭いた。
「どうぞ。」
ファイルを手にしたルーシーがドアを開けた。
「ちょっと意見を聞きたいことが――」
言葉が止まった。
ルーシーの視線がアイリーンから、彼女の手にあるティッシュへ移った。
「あ……」
「大丈夫よ。」
ルーシーは後ろ手にドアを閉めた。
「大丈夫には見えないけど。」
「どうやら今日は、みんなそう思う日みたい。」
ルーシーはファイルを机ではなく椅子の上に置いた。
「一人になりたい?」
アイリーンは一瞬、そうだと言いかけた。
私には分かった。
でも彼女は首を振った。
「ううん。大丈夫。」
ルーシーは座った。
すぐには何があったのか聞かなかった。
それはありがたかった。
泣いている女性を見るなり質問攻めにする人には、免許制を導入するべきだと思う。
しばらく、ルーシーはただ待っていた。
やがてアイリーンがため息をついた。
「ディランとは、もうすぐ別居して二か月になるの。」
ルーシーの表情が変わった。
「そうだったんですか……」
「私が決めたことなの。二十五年間結婚していて、家を出たのも私。」
ルーシーはうなずいた。
「それから、どうですか?」
アイリーンは少し考えた。
「思っていたより、ちゃんとやれてる。」
それには私もちょっと驚いた。
本当じゃなかったからではない。
アイリーンが迷わずそう言ったから。
「会社にも戻ったし、自分の部屋もある。一人で暮らすことにも少しずつ慣れてきた。自分では、結構うまくやってると思ってた。」
「うまくやってたよ。」
私は言った。
もちろん、ルーシーには聞こえない。
アイリーンは自分の手を見つめた。
「でも今日、友達から電話があって……ディランが最近、ある女性とよく一緒にいるって。」
「ああ……」
素晴らしい返事だった。
短い。
そして正確。
アイリーンは少し恥ずかしそうに笑った。
「それで突然、私はここで泣いてる。」
ルーシーは彼女を見た。
「自分でも意外ですか?」
「少しね。戻りたいわけじゃないの。」
「だからって、傷つかないわけじゃないでしょう。」
「分かってる。ただ……もう少し先に進めてると思ってた。」
ルーシーは首を振った。
「二か月近く経ったからって、二十五年間が消えるわけじゃないですよ。」
アイリーンはしばらく黙っていた。
それから、もう一度涙を拭った。
「もう頭の中を止めたい。」
私は反応した。
ちょっと待って。
ルーシーは少し黙ってから尋ねた。
「一つ、試してみてもいいですか?」
アイリーンが眉をひそめた。
「何を?」
「数分だけ、私を信じてみてください。」
私は即座に反対した。
「そういうの、私たちはやらない。」
アイリーンは私を無視した。
また。
「分かった。」
ルーシーは椅子を少し近づけ、両手を合わせた。
「ただ聞いていてください。」
目を閉じる。
そして、唱え始めた。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
その言葉は知っていた。
少なくとも、どこかで聞いたことがある気はした。
でも、問題はそこじゃない。
問題は、ルーシーがそれを繰り返し続けたことだった。
「南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経……」
アイリーンは聞いていた。
私は何をしているのか理解できなかった。
「これ、変じゃない?」
返事がない。
「アイリーン?」
何もない。
もう一度試した。
「ディラン。」
何もない。
「あの女。」
まだ何もない。
「年下。」
次の言葉を探した。
そして――
水。
私は目を開けた。
まあ、私にとっての「目を開ける」が何を意味するのかは別として。
そこには海があった。
会社もない。
ルーシーもいない。
見渡す限り、水だけ。
私はその中に浮かんでいた。
「何なの、ここ?」
返事はない。
「アイリーン?」
何もない。
もう一度呼んだ。
それでも何もない。
水が静かに私の周りで揺れていた。
ここがどこなのか分からない。
それ以上に、どうやってここから出ればいいのか分からない。
どちらも気に入らなかった。
そして海は、現れたときと同じくらい突然、消えた。
私はオフィスに戻っていた。
ルーシーはもう唱えていなかった。
アイリーンはまだ椅子に座っていた。目は赤いままだったし、この部屋の外では何一つ変わっていない。
でも、アイリーンの呼吸は落ち着いていた。
ルーシーが微笑んだ。
「少し楽になりました?」
アイリーンは瞬きをした。
「……うん。ほんとに。」
私は不愉快だった。
「何したの?」
誰も答えない。
当然だけど。
アイリーンはルーシーを見た。
「今の、何?」
「南無妙法蓮華経。」
「前にも聞いたことがある。」
ルーシーはうなずいた。
「心を落ち着けたいときとか、自分には大きすぎるって感じることがあるとき、私は南無妙法蓮華経って唱えるんです。」
アイリーンは彼女を見た。
「それを唱えれば、問題が消えるの?」
「いいえ。」
よかった。
少なくとも魔法ではないらしい。
「じゃあ、何が変わるの?」
ルーシーは少し考えた。
「問題はそのままでも、それに向き合う自分が変わるというか……私は、そんなふうに感じています。」
アイリーンは黙った。
「じゃあ、ディランは今もその女性と一緒にいるかもしれない。」
ルーシーが少し笑った。
「そうですね。」
「全然助けになってない。」
ルーシーも笑った。
「急に嫌じゃなくなるなんて言ってませんよ。ただ、今感じていることと向き合えるくらい、少し心を落ち着けられたらと思ったんです。」
アイリーンは窓のほうを見て、それからうなずいた。
「落ち着いた。」
私はいくつも異議を申し立てたかった。
残念ながら、うまく整理できなかった。
ルーシーは立ち上がり、持ってきたファイルを手に取った。
「もう少し一人になります?」
「ううん。大丈夫。」
ルーシーが彼女を見る。
アイリーンは言い直した。
「さっきより、ずっといい。」
「それならよかった。」
「私も少しずつ学んでるみたい。」
ルーシーは微笑んだ。
「これはまたあとにしましょうか。」
「ううん、いて。何か聞きたくて来たんでしょう?」
「本当に大丈夫ですか?」
アイリーンは一度息を吸い、パソコンのほうへ向き直った。
「うん。見せて。」
ルーシーはまた椅子を近づけ、ファイルを開いた。
数分後には、二人は仕事の話をしていた。
私は違った。
私はまだ、さっき何が起きたのか理解しようとしていた。
ルーシーって、いったい何者?
何をしたの?
それに――
あの海は、どこから出てきた?
聞きたいことはいくつもあった。
でも、どうしても説明できないことが一つあった。
あの数分間……
私は静かだった。
完全に。
自分がそんなこともできるなんて、知らなかった。




