カビの部屋のほうがマシだった
息子たちに話した翌朝、私はようやくアイリーンにも静かな一日が訪れると思っていた。
アンドレアは、そうは思っていなかったらしい。
アイリーンが最初のコーヒーを飲み終える前に、電話が鳴った。
まあ、予想しておくべきだった。
アンドレアは、アイリーンが別居を考え始めた頃から事情を知っていた。昨日、息子たちに話したと知れば、おとなしく報告を待っているような人じゃない。
そもそも忍耐という言葉は、彼女の長所一覧には入っていない。
アイリーンはパソコンを開きながら電話に出た。
「おはよう。」
『どうだった?』
「そっちも、おはようくらい言ったら?」
『あとで言う。それより息子たちは?』
アイリーンは椅子にもたれた。
「思ってたより大丈夫だった。もちろん傷ついてたし、いろいろ聞かれたけど……理解してくれたと思う。」
『傷つくのは当然よ。それで、あなたは?』
「大丈夫。」
電話の向こうで、アンドレアが一瞬黙った。
『もう一回。』
アイリーンは眉をひそめた。
「今、どうしてるか聞いたでしょう? 答えたわよ。」
『それは、人に心配されたくないときの答え。』
私はアンドレアが好きだ。
私の仕事をずいぶん減らしてくれる。
アイリーンは、読んでいるふりをしていた画面を閉じた。
「怖い。罪悪感もある。それなのに、ときどきホッとしてる自分もいて……そうすると、ホッとしたことにまで罪悪感を覚える。」
『そっちのほうが信じられる。』
「正直に言えって言ったのはあなたよ。」
『そうね。』
二人はしばらく息子たちのことを話した。
そしてアンドレアは、ごく自然な調子で、アイリーンがもっと早く警戒しておくべきだった質問をした。
『それで、部屋は見つかった?』
アイリーンの動きが止まる。
「……まだ、そこまでは。」
沈黙。
私はこの沈黙を知っている。
二十年来の友情を、このまま続けるべきか真剣に考えている女の沈黙だ。
『「まだ、そこまでは」って、どういう意味?』
「まだ探してないって意味。」
『アイリーン。』
「いろいろあったのよ。」
『家を出るつもりなのに、一軒も探してないの?』
「探すつもりだったわ。」
『いつ?』
アイリーンはパソコンを見た。
答えがメールのどこかに書かれているとでも思ったのだろうか。
「……そのうち。」
アンドレアがため息をつく。
『分かった。今日は何時に仕事が終わる?』
「五時。どうして?」
『迎えに行く。』
アイリーンは姿勢を正した。
「アンドレア……。」
『もう三軒見つけてあるから。』
「三軒も?」
『何? 夫を三人見つけたとでも思った? 部屋よ。』
私は笑った。
アイリーンは笑わなかった。
いや。
笑わないように頑張った。
「私に何も言わずに探したの?」
『先に言ったら「まだ準備できてない」って言ったでしょう?』
「今まさに、それを言おうとしてた。」
『知ってる。五時ね。』
「本当に強引ね。」
『どういたしまして。』
電話が切れた。
アイリーンはしばらく携帯を見つめた。
「何も言わないで。」
「何も言ってない。」
「笑ってる。」
「笑うくらいいいでしょう。」
「その笑い方はダメ。」
まあいい。
どうして私とアンドレアの相性がいいのか、少し分かってきた。
向こうは私の存在すら知らないけど。
些細な問題だ。
◇ ◇ ◇
五時になると、アンドレアは車の中で待っていた。
助手席にはファイルが一冊。
本物のファイル。
しかも色分けされた付箋までついている。
アイリーンは車に乗るなり、それを手に取った。
「何これ?」
「候補の部屋。」
「メモまで取ったの?」
「もちろん。」
「色分けしてある。」
「条件別にね。」
アイリーンはアンドレアを見た。
「ちょっと怖くなってきた。」
「感謝して。」
私はアイリーンと一緒にファイルをのぞき込んだ。
私は最初から怖かった。
一軒目は、入った瞬間には悪くないように見えた。
リビングは小さいけれど十分な広さがある。寝室のクローゼットも悪くないし、キッチンだって、アイリーンが突然料理を嫌いになれば問題なく使えそうだった。
ちょっと残念。
もっとひどいものを想像していたのに。
そして、バスルームへ入った。
天井近くに黒い染みがある。
私はアイリーンより先に気づいた。
「……あれ、何?」
アイリーンが見上げる。
アンドレアも同じ場所を見る。
「カビね。」
不動産屋は驚くほど素早く笑顔を作った。
「これは簡単に処理できますよ。」
アンドレアも負けないくらい素晴らしい笑顔を返した。
「そうでしょうね。」
あ。
この笑顔、好き。
十分後には車に戻っていた。
「なし。」
アンドレアが言う。
「絶対なし。」
アイリーンも同意した。
よし。
一軒終了。
◇ ◇ ◇
二軒目はきれいだった。
大きな窓。
新しいキッチン。
きれいな床。
小さいけれど、バルコニーまである。
アイリーンはすぐに気に入った。
家具を置くことを考えるまでは。
アンドレアがリビングの中央に立って部屋を見回した。
「本棚はどこに置くの?」
「あの壁。」
「そこはソファ。」
「じゃあ、あっち。」
「ダイニングテーブル。」
アイリーンが眉をひそめる。
私は親切なので助けてあげることにした。
「ソファを捨てれば?」
無視。
「じゃあ、ダイニングテーブル。」
まだ無視。
「立って食べればいいじゃない。現代的よ。」
アンドレアが寝室のクローゼットを開け、中を見つめた。
「あなたの服、ここには入らないわよ。」
「そんなに服ないもの。」
アンドレアがゆっくり振り返った。
私は何も言わなかった。
言う必要がなかった。
彼女の顔が全部言ってくれた。
アイリーンはため息をつく。
「……分かったわよ。」
車へ戻ると、アイリーンは窓の外を見ながら言った。
「でも、あそこ好きだった。」
「バルコニーが好きだったの。」
「いいバルコニーだった。」
「バルコニーには住めない。」
「厳密に言えば――」
「無理。」
私はそろそろ、人生の重要な決断は全部アンドレアに任せたほうがいいんじゃないかと思い始めていた。
◇ ◇ ◇
三軒目の建物に着く頃には、もう日が傾き始めていた。
アンドレアはエンジンを切り、アイリーンを見た。
「今日はこれが最後。気に入らなかったら、また別の日に探しましょう。」
アイリーンはうなずいた。
今度は期待していない。
そのほうがいい。
最近、期待には十分振り回されている。
建物は、ほかの二つより古かった。
部屋も、不動産雑誌に載るようなものではない。
床には年月が見え、キッチンは簡素だった。
しかも、戸棚の扉が一つ、どうしてもきちんと閉まらない。
アイリーンが押して閉める。
また開く。
もう一度。
やっぱり開く。
「まあ」と私は言った。「少なくとも、ここにはもう一人、境界線を守るのが上手な子がいるわね。」
アイリーンは笑いそうになり、咳払いでごまかした。
アンドレアが彼女を見る。
「何?」
「何でもない。」
不動産屋は建物の設備や駐車場について説明を続けていたが、アイリーンは途中から聞いていなかった。
リビングの窓まで歩いていき、そこで立ち止まった。
夕方の光が古い木の床に伸びている。
窓の外には木々と屋根が見え、その下を仕事帰りらしい人たちが歩いていた。
特別な景色ではない。
それでも、アイリーンはそこから動かなかった。
アンドレアも隣まで来たが、急かさなかった。
私も何も言わなかった。
こういうときくらい、私だって分かる。
しばらくして、アンドレアが静かに尋ねた。
「どう?」
アイリーンは部屋を見回した。
「家って感じがしない。」
アンドレアが微笑む。
「当たり前よ。」
アイリーンが彼女を見る。
「これから家になる場所なんだから。」
私はアンドレアを見た。
……それは反則じゃない?
いいこと言いすぎ。
アイリーンはもう一度、部屋の中を歩いた。
今度はゆっくりと。
キッチンを見て、寝室のクローゼットを開け、また窓のところへ戻る。
私はその表情を知っていた。
ソファをどこに置こうか考えているんじゃない。
ここで暮らす自分を想像している。
それは全然違う。
アンドレアも気づいたのだろう。
「気に入ったのね。」
アイリーンが微笑んだ。
「……たぶん。」
「契約のこと、聞いてみる?」
アイリーンはもう一度部屋を見回してから、うなずいた。
「うん。」
アンドレアはすぐに不動産屋を呼び戻し、保証金や契約期間、いつから入居できるのかを聞き始めた。
もちろん。
この人に人生の危機を一つ渡したら、夕食までに必要書類をそろえてくれそうだ。
アイリーンは窓辺に残った。
「オスクリータ?」
「いるわよ。」
「私、ここがいいかもしれない。」
私はもう一度部屋を見る。
古い床。
小さなキッチン。
そして、性格に問題のある戸棚。
「本当に?」
「分からない。」
私は眉をひそめた。
「安心できる答えをありがとう。」
アイリーンが笑う。
「でも、やってみたい。」
私は戸棚を見る。
「毎日あれにイライラするわよ。」
「直す。」
「あなたが?」
アイリーンも戸棚を見た。
「覚えるわ。」
返事はいくつも思いついた。
本当に、いくつも。
でも一つも言わなかった。
アンドレアがまだ不動産屋と日程の話をしている間、アイリーンは窓に片手を置き、もう一度外を眺めた。
彼女はこの部屋を選んだ。
ディランが気に入るからじゃない。
息子たちに必要だからでもない。
誰かの学校や職場に便利だからでもない。
ただ――
ここに立っている自分を、少し好きだと思えたから。
そんな選び方は初めてだった。
そして私は、その「初めて」をまだ好きになれるか分からなかった。
「何?」
アイリーンが小さく尋ねる。
「別に。」
「静かすぎて怪しい。」
「考えてるの。」
「心配したほうがいい?」
「たぶんね。」
アイリーンは笑った。
私は最後にもう一度、部屋を見回した。
床のことも、キッチンのことも、あの馬鹿みたいな戸棚のことも文句を言えた。
でも、頭に浮かんだのは一つだけだった。
カビの部屋のほうがマシだった。
あの部屋からは、出てきたから。
でも、ここには――
アイリーンは住むつもりなのだ。




