どうやら、夫婦にも手入れが必要らしい
恋愛で一番難しいのは、恋に落ちることだと思っている人が多い。
違う。
恋に落ちることなんて、驚くほど簡単だ。
本当に難しいのは、仕事や子育て、締め切りや毎日の責任に追われながら、それでも二人のつながりを失わないこと。
その頃になると、人間はだいたい行き当たりばったりになる。
…
あの土曜日以来、アイリンは一つ決めたことがあった。
「また時間ができたら」じゃない。
「子どもたちが出かけたら」でもない。
二人の時間は、空くのを待つものじゃなく、自分たちで作るもの。
そう決めたのだ。
…
もちろん、人生はそんなに協力的ではない。
毎週デートなんてできない。
特別な週末もない。
でも、不思議なことに、小さな時間なら少しずつ見つかるようになった。
火曜日の朝は、子どもたちが起きる前に二人でコーヒーを飲んだ。
木曜日は買い物へ向かう車の中で十分ほど話をした。
日曜日には、次男がバスケットボールの練習をしている間、近所を少しだけ散歩した。
どれも特別な出来事じゃない。
ただ、その時間だけは二人だけのものだった。
…
私は腕を組む。
「なるほど。」
アイリンが買ってきた野菜を冷蔵庫へしまいながら聞く。
「何が?」
「夫婦って、細切れの時間で維持される生き物だったのね。」
彼女は笑った。
「案外そうかも。」
私は首を振る。
「人間の仕組みって、本当に効率が悪い。」
…
数日後の夜。
家の中が静まり返った頃、アイリンは水を飲もうとキッチンへ向かった。
すると、冷凍庫の前でダイレンがアイスクリームを持って立っていた。
二人は目が合う。
何も言わない。
しばらくしてダイレンがアイスを少し持ち上げた。
「食べる?」
…
十分後。
二人はキッチンテーブルに並んで座り、一つの容器からそのままアイスを食べていた。
夜中にわざわざ器を使うほど律儀ではない。
話題は自然に移り変わる。
子どもたち。
仕事。
アンドレア。
大学時代。
名前は思い出せないのに、変な踊りだけは全員覚えている同級生。
…
そしてダイレンが、うっかり地雷を踏んだ。
「そういえばさ。」
アイリンはスプーンを向ける。
「その始まり方、ちょっと怖い。」
「大学の頃の髪型さ。」
「うん?」
「あれ、そんなに悪くなかったと思うんだ。」
アイリンは吹き出しかけた。
「ひどかったわ。」
「当時は流行ってた。」
「芝刈り機に負けた人みたいだった。」
「そこまでじゃない。」
「写真が証拠よ。」
…
ちなみに。
今回はアイリンが全面的に正しい。
私はあの髪型を知っている。
あの時代全体が謝るべきだった。
…
笑いが落ち着くと、話題はまた変わっていく。
大学生活。
最初のアパート。
初めて買ったソファ。
…
「あれ、なんで買ったんだろう。」
ダイレンが苦笑する。
「安かったから。」
「片方に傾いてた。」
「私たちも傾いてた。」
「座るたびに音がしてた。」
「でも長持ちした。」
アイリンが微笑む。
「私たちもね。」
…
私は天井を見上げる。
「あのソファね。」
アイリンが笑う。
「覚えてるの?」
「あれは希望だけで支えられてた家具だったわ。」
…
笑い声は、やがて静かな沈黙へ変わった。
気まずいわけじゃない。
もう無理に話し続けなくても平気になっただけだ。
…
しばらくしてダイレンが言った。
「ねえ。」
「何?」
「僕たち、頑張りすぎてたのかもしれない。」
アイリンは首をかしげる。
「二人の時間を作ること?」
ダイレンはうなずく。
「完璧な時間を待ってた。」
…
アイリンは少し考えた。
あの日のレストランも楽しかった。
その後の散歩はもっと楽しかった。
でも今思えば、この夜中のアイスクリームも、きっと忘れない。
どれも特別だったからじゃない。
特別じゃなくてもよかったから。
…
「完璧な時間なんて、たぶんないのね。」
アイリンは静かに言う。
「私たち、自分たちのことをいつも一日の最後に回してた。」
ダイレンも笑った。
「僕も同じこと考えてた。」
…
アイリンは溶け始めたアイスの容器を見つめる。
「私たち、この家族を作るために何年も頑張ってきた。」
顔を上げる。
「後悔なんて一つもない。」
少し笑う。
「でも今度は――」
「この家族を作った私たち自身も、大事にしないとね。」
…
ダイレンはすぐには答えなかった。
ただ静かにテーブル越しに手を伸ばし、彼女の手を握る。
「それがいい。」
アイリンもうなずいた。
「私もそう思う。」
…
私は腕を組む。
「いやだわ。」
アイリンが笑う。
「今度は何?」
「夫婦って、ちゃんと手入れが必要だったのね。」
「今さら?」
私はため息をつく。
「研究内容を書き直さないと。」
「研究?」
「私は長年、感情の大惨事ばっかり観察してきたの。」
首を振る。
「幸せな結婚生活なんて、統計が狂うじゃない。」
…
気づけばアイスは半分以上溶けていた。
でも二人とも気にしなかった。
何か特別なことが起きたわけじゃない。
それでも、その夜のキッチンは少しだけ温かかった。
たぶん二人は思い出したのだ。
愛は、大きな出来事で続くものじゃない。
何度でも相手を選び直すこと。
何度でも、もう一度知ろうとすること。
その積み重ねで続いていく。
…
まったく。
人間って、本当に手がかかる生き物だ。




