この静けさ……なんだか怪しい。
私は静けさを信用していない。
静かな時には、だいたい三つの理由しかない。誰かが何かを隠しているか、高価な物が壊れようとしているか、それとも思春期の子どもたちが自分から家を出て行ったか。
統計的に言えば……
一番最後がいちばん珍しい。
…
ところが、その土曜日は本当に三番目だった。
長男は友達と出かけ、次男も朝早くから活動に出かけていた。どうやらその活動では三時間に一度しか返信してはいけないらしく、親は「一時的に面倒な存在」くらいの扱いになるようだった。
家の中は驚くほど静かだった。
アイリンはコーヒーを片手にキッチンのテーブルへ座り、部屋を見回した。玄関にはリュックが転がっておらず、部屋の奥から音楽も聞こえない。「充電器どこ?」という声もない。四つも持っているくせに、毎回聞いてくるあの質問が。
私は目を細めた。
「怪しい。」
アイリンは笑う。
「平和なのよ。」
「平和すぎるの。」
…
しばらくしてダイレンが寝ぼけた顔でキッチンへ入ってきた。
部屋を見回し、廊下をのぞき込む。
「みんなどこ?」
「出かけたわ。」
「……ああ。」
彼は数秒その場に立ったまま、誰かが突然帰ってくるのを待っているみたいだった。
私は心の中でため息をつく。
子育てというものは恐ろしい。
静かな家を与えられると、この二人は自分の家なのに旅行者みたいになる。
…
ダイレンはコーヒーを淹れ、戸棚を開けて閉め、冷蔵庫まで開けた。
別にお腹が空いているわけじゃない。
何となく開けているだけ。
私はうなずく。
「なるほど。」
アイリンが顔を上げる。
「何?」
「自由時間という生き物を観察してるのよ。」
「どういう意味?」
「何をしたらいいか分からない親は、とりあえず冷蔵庫を開けるの。」
…
アイリンも似たようなものだった。
スマホを確認し、しまい、三十秒後にはまた手に取る。
私は横からのぞき込む。
「母親業が終了したか確認してる?」
返事はない。
失礼ね。
予想どおりだけど。
…
昼近くになって、ダイレンがカウンターにもたれた。
「それで……」
アイリンは吹き出す。
「何?」
「君も何をしたらいいか分からないんだろ?」
「今、『それで』って言ったわよね。」
「言った。」
「それ、何も思いついてない人の始まり方なの。」
ダイレンは笑った。
「その通り。」
…
私は親切にも口を挟むことにした。
「ずっと『時間がない』って言ってたじゃない。」
アイリンは私を見る。
「そんなこと言ってない。」
「かなり遠回しには言ってた。」
「忙しかったの。」
「そう、それ。」
私は部屋いっぱいに腕を広げる。
「おめでとう。」
「責任という名の怪物たちは、数時間だけ外出中よ。」
少し待つ。
「さて……」
私は二人を見る。
「今度はどうするの?」
…
二人とも答えなかった。
残念ながら、私が正しかったから。
…
結局、一時間後には家を出た。
目的地があったわけじゃない。
子どものいない家にいる方が、行き先もなく外を歩くより落ち着かなかっただけだ。
…
二人が入ったのは、何年も来ていなかった小さなレストランだった。
メニューを受け取り、注文を決めようとする。
そして数秒、沈黙。
やがてダイレンが咳払いをした。
「それで……」
アイリンはまた笑う。
「また?」
「最近、『それで』しか言ってない気がする。」
「ほんとにね。」
…
注文を済ませると、会話を始めようとした。
正確には、会話の仕方を思い出そうとした。
「仕事は?」
「忙しい。」
「こっちも。」
少し沈黙。
「子どもたちは元気そうだね。」
「うん。」
「翻訳の仕事は?」
「順調。」
また沈黙。
私は二人を見て首を振る。
「この会話、メールで済んだわね。」
…
ダイレンが吹き出した。
アイリンが首をかしげる。
「何?」
「僕たち、つまらない。」
「そんなことない。」
彼は指を折り始めた。
「仕事。」
一本。
「子ども。」
一本。
「買い物。」
一本。
「翻訳。」
彼女を見る。
「気づいたら夫婦じゃなくて会議になってた。」
私は拍手しそうになった。
「議事録は後ほど配布します。」
…
アイリンは笑いながらグラスを置いた。
「ねえ。」
「何?」
「あなた、正しい。」
「知ってる。」
「私たち、デートの仕方を忘れてた。」
…
その言葉のあと、二人は少し黙った。
気まずかったわけじゃない。
正直だっただけ。
…
ダイレンが話題を変える。
「海へ行った時、覚えてる?」
「道に迷った旅行?」
「迷ってない。」
「一時間も逆方向へ走ったじゃない。」
「別ルートを探してた。」
「高速を通り過ぎたのよ。」
「その解釈には反対だ。」
「最後は漁師さんに道を聞いたわよね。」
「地元の人だった。」
「漁をしてたからよ。」
「だから詳しかった。」
…
その頃には二人とも声を出して笑っていた。
近くの席の人まで思わず笑顔になるくらいに。
…
昼食のあと、目的もなく街を歩いた。
買い物も用事もない。
ただ歩く。
小さな広場を渡る途中、ダイレンは自然にアイリンの手を取った。
昨日もそうしていたみたいに。
アイリンは繋がれた手を見下ろし、それから彼を見る。
「何?」
「ううん。」
少し笑う。
「こうして歩くの、久しぶりね。」
ダイレンも手を見る。
「そうだった?」
「うん。」
少し考えてから言う。
「それは問題だ。」
「少しね。」
…
私は胸に手を当てる。
「興味深い。」
アイリンは苦笑した。
「今度は何?」
「結婚生活が長すぎて、手をつなぐことがイベントになってる。」
…
二人はそのまま歩き続けた。
今度はどちらも手を離さない。
ダイレンは初めてのデートを思い出し、アイリンは告白の日の彼がどれだけ緊張していたかを話す。
「僕は落ち着いてた。」
「卒論発表みたいだったわ。」
「冷静だった。」
「可愛かった。」
ダイレンが立ち止まる。
「僕が?」
アイリンは笑う。
「残念だけど。」
…
私は目を閉じる。
「懐かしさとイチャイチャ。」
首を振る。
「危険な化学反応ね。」
…
家へ戻っても、まだ誰も帰っていなかった。
今度は静けさが不自然には感じなかった。
二人のものになっていた。
ダイレンはソファへ座り、アイリンも隣へ腰を下ろす。
彼は自然に彼女の肩を抱き、アイリンもそのまま寄りかかった。
テレビもつけない。
スマホも見ない。
ただ一緒にいる。
…
私は二人を見る。
「ふう。」
アイリンは目を閉じたまま笑う。
「何?」
「もっと大騒ぎになると思ってた。」
「期待外れでごめん。」
「謝罪は受け入れる。」
…
ダイレンが静かに言う。
「ねえ。」
「ん?」
部屋を見回して笑う。
「静かだね。」
「そうね。」
彼は何気ない顔で続けた。
「親が子どもに『今日は出かけるの?』って聞く理由が、やっと分かった気がする。」
アイリンは吹き出す。
「ダイレン。」
「何?」
「何も言ってないのに。」
「言わなくても分かる。」
その無邪気な笑顔は昔から変わらない。
…
私は大きくため息をついた。
「はいはい。」
アイリンは笑う。
「今度は何?」
「私は外にいる。」
「そこまでしなくても。」
「する。」
私は廊下を指差す。
「夫婦の時間をこれ以上見学する趣味はないの。」
「境界線なんてあった?」
「今、育ててるところ。」
…
職業倫理というものがある。
だから午後に何があったかは語らない。
二人だけの時間というものは、ちゃんと二人だけのものだ。
皮肉屋の影にだって、それくらいの礼儀はある。
…
そのあと二人は静かな部屋で寄り添っていた。
しばらくしてアイリンが小さく言う。
「子どもたち、大きくなったね。」
「ああ。」
「これからは、私たちを必要とする時間が少しずつ減っていく。」
ダイレンはうなずく。
「そうだね。」
彼女は顔を上げた。
「だから、子どもが出かけた日だけじゃなくて、私たち自身の時間も作っていきたい。」
ダイレンは微笑む。
「僕も。」
「本当に?」
「もちろん。」
…
私は腕を組む。
「すばらしい。」
アイリンは笑う。
「何?」
「二人とも、またちゃんと大人になり始めた。」
「水を差さないで。」
「もう遅い。」
私は二人を見つめた。
子どもたちは成長していた。
家も変わっていく。
人生はちゃんと前へ進んでいる。
そして何より困ったことに――
あれだけの年月を一緒に歩いてきても、この二人は今でも互いを選び続けている。
……本当に。
私の仕事には、とても都合が悪い。




