子どもたちは出て行くんじゃない。練習してるだけ。
赤ちゃんが大変なのは、何をするにもあなたを必要とするから。
じゃあ思春期の子どもが大変なのは?
突然、「もう親なんて必要ない」と思い始めるからよ。
安心して。
私は両方じっくり観察した。
そして結論を出した。
どっちも理解不能。
…
時間って、本当に泥棒だと思う。
昨日まで「クレヨンは食べ物じゃない」って説明していたのに、気づけば自分の子どもの部屋へ入るにもノックをしなきゃいけない。
しかも返事を待つ。
人間の成長って、誰がこんな設計にしたのかしら。
…
誕生日会。
学校の宿題。
なくしたお弁当箱。
そんな毎日を繰り返しているうちに、あの小さかった二人はいつの間にか少年ではなくなっていた。
家の中は相変わらず賑やかだ。
玄関には靴。
床にはリュック。
誰かが別の部屋から大声で呼んでいる。
でも昔とは少し違う。
声は低くなり、部屋のドアは閉まっている時間の方が長くなった。
そしてどうやら、この年頃になると「プライバシー」というものが人生で一番大事になるらしい。
私はまだ納得していない。
…
もちろん、アイリンもだった。
ある日の午後、彼女は長男の部屋をノックする。
「入ってもいい?」
「うん。」
「学校どうだった?」
「普通。」
「今日は何したの?」
長男は少し考えてから答えた。
「いろいろ。」
…
会話は終わった。
アイリンは閉まったドアを見つめる。
私はゆっくりと見えないノートを取り出した。
「よし。」
アイリンはため息をつく。
「今度は何?」
「正式に『意味のない返事時代』へ突入したわ。」
私はドアを見つめながらうなずく。
「感動した。」
「何が?」
「あの情報量。」
…
次男も大差なかった。
昔の夕食は、その日にあった出来事を競うように話していたのに、今では尋問みたいな会話になる。
それでもダイレンは諦めない。
「今日はどうだった?」
「楽しかった。」
「何が?」
少し考える。
「いろいろ。」
私は瞬きをした。
「素晴らしい。」
アイリンは食事を続ける。
「何が?」
「ちゃんと答えてる。」
「それの何が問題なの?」
「ギリギリ答えてるところ。」
…
誤解しないでほしい。
二人とも本当にいい子だった。
責任感もある。
優しい。
学校の成績も悪くない。
たまには両親にハグもしてくれる。
何かお願いがある時だけだけど。
大体、お小遣いの話ね。
…
ある土曜日の朝、アイリンは冷蔵庫を掃除していた。
マグネットの後ろから一枚の写真が落ちる。
ケーキまみれになって笑う長男。
ダイレンの胸で眠る次男。
横断歩道で小さな手がアイリンの手を握っている写真。
気づけば彼女は微笑んでいた。
私は肩越しにのぞき込む。
「あーあ。」
アイリンは振り返らない。
「何?」
「家族写真症候群が始まったわね。」
「掃除してるだけ。」
「その写真、五分くらい見てるけど?」
「考え事。」
私は深くうなずいた。
「郷愁って、そうやって始まるのよ。」
…
その日の午後、長男がパンフレットを持ってリビングへやって来た。
「父さん。」
ダイレンが顔を上げる。
「どうした?」
「先生に勧められたんだけど。」
パンフレットを差し出す。
「夏休みの科学プログラム。」
他の町で三週間。
ごく普通のプログラム。
とてもいい機会だった。
アイリンはすぐに笑顔になる。
「ぜひ行ってきなさい。」
心からそう思った。
……ほとんどは。
…
長男が部屋へ戻ったあとも、アイリンはしばらく黙っていた。
ダイレンが気づく。
「大丈夫?」
「もちろん。」
彼は少し首をかしげた。
「本当に?」
アイリンは小さく息を吐く。
「なんだか変な感じなの。」
「何が?」
「少しずつ、私たちを必要としなくなっていくのが。」
…
ダイレンは静かにうなずいた。
その日は冗談も言わなかった。
励まそうともしなかった。
ただ分かっていた。
自分も同じことを考えていたから。
…
夜、二人はいつものように食器を洗っていた。
何年も続けてきた、ごく普通の時間。
私は、そろそろ専門家として意見を述べることにした。
「今、何が起きてるか分かる?」
アイリンは皿を洗いながら答える。
「どうせ教えてくれるんでしょ。」
「子どもたちは出て行く。」
「違う。」
私は首を振る。
「まだ出て行かない。」
少し間を置く。
「練習してるだけ。」
アイリンの手が止まる。
私は廊下を指差した。
「まず部屋のドアを閉める。」
「オスクリタ。」
「友達と過ごす時間が増える。」
「普通のことよ。」
「その次は夏休み。」
指を一本立てる。
「大学。」
もう一本。
「仕事。」
さらに一本。
「そして、いつか親が人生の中心じゃなくなる。」
…
アイリンは何も言わず、また皿を洗い始めた。
今回は反論しなかった。
心のどこかで、私が正しいと分かっていたから。
…
人生は一日で変わったりしない。
少しずつ変わる。
静かに。
昨日と変わらない一日を積み重ねながら。
そして気づけば、肩車していた子どもは自分より背が高くなり、自分の世界を持ち、自分自身の人生を歩き始めている。
…
その夜遅く。
ダイレンはリビングで一人座っているアイリンを見つけた。
「何考えてる?」
アイリンは微笑む。
「子どもたち。」
「いいこと?」
「うん。」
「寂しいこと?」
少し考える。
「少しだけ。」
ダイレンは隣へ座った。
しばらく二人とも黙っていた。
やがて彼が笑う。
「おむつ替えが一番大変だと思ってたよな。」
アイリンも笑った。
「あの頃の私たち、何も分かってなかった。」
「本当に。」
その沈黙は心地よかった。
何年もの時間を一緒に過ごした人だけが持てる静けさだった。
…
私は腕を組む。
「まったく。」
アイリンが笑う。
「今度は何?」
「私、当たるの嫌いなのよ。」
「何が?」
私は棚に並んだ家族写真を指差した。
「誰も教えてくれないのよ。」
「子育てっていうのは、何年もかけて子どもたちが自分の元を離れていく準備を手伝うことなんだって。」
…
そして、一番困るのは——
その頃には、私も気づき始めていたこと。
変わっていたのは子どもたちだけじゃない。
アイリンも変わっていた。
そして、認めたくはなかったけれど……
私たちの次の物語は、もう始まっていた。




