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アドバイスしたのに、無視された。当然だけど。

——あの日から、少しずつ変わり始めていた。

教授が、まばたきをした。

アイリンが手を挙げたことが、

ちょっとした“事件”だったらしい。

「……はい?」

彼は言った。

彼女は答える。

正解。

当然。

二十五人分の視線が向く。

感心した顔。

面白くなさそうな顔。

そして——

ひとつ。

明らかに不機嫌な影。

彼女の肩の上で、ゆらゆらしている。

「ほらね」

私はつぶやく。

「これが始まりよ」

「何が?」彼女が小さく聞く。

私は少し笑う。

「危険な勘違い」

「自分は“できる人間かもしれない”って思い始めるやつ」

キャンパスは賑やかだった。

笑い声。足音。知らない声。

……正直、この空気は信用してない。

楽観的すぎるから。

アイリンは本を胸に抱えながら歩く。

落ち着いているふりをしている。

でも分かる。

あの感じ。

少しの期待と、ちゃんとした不安。

「余計なことは考えない」

彼女は自分に言い聞かせる。

「勉強して、卒業する。それだけ」

「へえ」

私はささやく。

「どうして人と関わろうとするの?」

少し間を置く。

「どうなるか、もう知ってるくせに」

アイリンはため息をつく。

「……やあ、オスクリタ」

また来たの?

って顔。

「当然でしょ」

私は肩をすくめる。

「初日よ?見逃すわけないじゃない」

少しだけ笑う。

「誰かが見てないと」

数週間が過ぎた。

アイリンは、うまくやっていた。

真面目で、ちゃんとしてて、

先生たちにもすぐに気に入られた。

でも——

本当に輝いていたのは、コートの上。

バレーボール。

彼女の逃げ場。

……ちょっと皮肉だけど。

普通、スポーツって公開処刑の場じゃない?

でも彼女は違った。

動く。跳ぶ。

迷いが消える。

「見て見て」

私は体育館の影からささやく。

「自信満々。勇敢。まるで別人」

「そうかもね」

彼女は汗をぬぐいながら言う。

「調子に乗らないで」

私は甘く笑う。

「どうせ続かないんだから」

少し間。

「今のうちに楽しんでおけば?」

「ここで待ってるから」

そのとき。

観客席から見ている男がいた。

ダイレン。

バスケ部のキャプテン。

周りは騒いでるのに、彼はほとんど見ていない。

ただ、彼女を見ていた。

集中してる姿。

動きの静けさ。

自分の努力に笑う、その感じ。

——覚え始めてる。

私はすぐに気づいた。

最悪。

ああいうの、一番面倒。

ロマンチック系トラブル。

いちばん厄介なやつ。

数日後。

キャプテンのアンドレアが近づいてきた。

「ねえアイリン、誰があなたのこと聞いてたと思う?」

「え?」

「ダイレン。バスケ部のキャプテン。会いたいって」

彼女は瞬きをする。

「私?間違いじゃない?」

「間違いじゃない。プレー、褒めてたよ」

その瞬間。

心が跳ねる。

そして——

影が落ちる。

「ほら来た」

私はやさしく言う。

「あなた、これに弱いのよね」

「何に?」

「誰かがあなたをちゃんと見てるって思い込むこと」

少し笑う。

「まあ、分かるけどね。気持ちいいもん」

「でも——」

声が少し低くなる。

「期待しすぎないで」

「恥かくだけだから」

「……私はそんなことしない」

彼女は言う。

歯を食いしばって。

「そうね」

私はうなずく。

「だから言ってるの」

「守ってあげてるのよ」

記憶が動く。

昔の午後。

鏡。ドライヤー。香水の匂い。

出かける準備。

誰かが耳元で言った。

「来るの?やめといたほうがいいよ」

「ちょっと地味だし、服も浮いてるし」

空気が重くなる。

アイリンは飲み込む。

「……行かない」

その夜。

私はベッドの端に座っていた。

「正解よ」

微笑みながら。

「行っても居場所なかったでしょ?」

「ここにいればいいの」

「安全だから」

現在。

ボールを握る手に力が入る。

「今回は、止められない」

私は笑う。

勇気ある言葉。

——だいたい、その直後に失敗するやつ。

「止める?」

私は首をかしげる。

「違うわよ」

「転ばないようにしてるだけ」

少し近づく。

「あなたの限界、ちゃんと覚えてるから」

その夜。

彼女は眠れなかった。

私は叫ばない。

押しもしない。

ただ——優しく包む。

一番痛い形で。

数日後。

彼女は練習を休んだ。

理由は「お腹が痛い」

本当は——不安。

アンドレアが訪ねてくる。

お茶と、まっすぐな笑顔。

「必要なの。あなたが」

「いないと違う」

アイリンは小さく言う。

「……まだ無理かも」

「じゃあ一緒に準備しよう」

アンドレアは言う。

「予選、一緒に出たい」

喉が詰まる。

「……ありがとう」

その夜。

湯気の向こうで、私は言う。

「少し優しくされただけで信じるの?」

「かわいいわね」

少しだけ間。

「でもね」

私は微笑む。

「壊れたら、拾うのは私よ」

「だから安心して」

「私は絶対にいなくならない」

彼女は窓に映る自分を見る。

「そうかもね」

小さく言う。

「でも今回は——止められない」

体育館。

アンドレアが彼女を連れていく。

そこに、ダイレンがいる。

心臓が速くなる。

「やあ」

彼が手を差し出す。

「ダイレン」

「アイリン…」

指先が少し触れる。

私はささやく。

「緊張してるじゃない」

「近づいたらバレるよ」

「本当のあなた」

ダイレンは話している。

でも彼女には、ほとんど聞こえていない。

感情と、私の声。

その間で揺れている。

別れたあと。

彼女は名前もあまり覚えていない。

私は隣で笑う。

「いい感じ」

「期待しなければ、傷つかない」

それから数日。

彼は何度も話しかけてくる。

挨拶。笑顔。

彼女は答える。

ぎこちなく。

そのたびに——中で戦い。

ある日。

彼が聞く。

「どうして挨拶しないの?」

彼女は視線を落とす。

「ごめん…」

「じゃあさ」

彼は笑う。

「明日はしてくれる?」

彼女はうなずく。

そして——

初めて、自然に笑った。

私は手すりの上から見ている。

「いい笑顔」

少しだけ、間を置く。

「壊れなきゃいいけど」

彼女は歩き続ける。

止まらない。

深く息を吸う。

「壊れるかもしれない」

小さな声。

「でも——隠れたくない」

私は二人を見る。

そして、ため息をつく。

「……これは」

少し考える。

「確実に、面倒なことになるわね」


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