面白いのは分かってる。でも問題はそこじゃない。
体育館が揺れていた。
音楽。叫び声。
スニーカーが床を打つ音。
その中心にいたのは——
ヴィヴィアン。
当然、って感じで。
キラキラ。完璧なポニーテール。
そして、“自分を疑ったことがない人間”の笑顔。
周りには友達。
笑い声が、きれいに揃ってる。
まるで練習済みみたいに。
「ねえ、今日もダイレン、あの子見てたよね?」
「うん、絶対好きでしょ」
——それだけで十分だった。
ヴィヴィアンの自信が、ふくらむ。
風船みたいに。
…
一方で。
アイリンはコートの端で、普通にいっぱいいっぱいだった。
ジャンプ。回転。集中。
ボールに意識を向ける。
……向けたい。
でも無理。
ダイレンの視線を感じるたびに、呼吸が乱れる。
…
そのとき。
「また見てるよ」
オスクリタがささやく。
「安心して。きっと“なんであのビビりがバレーできるんだろう”って思ってるだけ」
「ロマンスって不思議よね」
「うるさい、オスクリタ」
「現実調整してあげてるだけよ」
彼女の肩の上で、くつろぎながら言う。
「二十歳前にメンタル崩壊とか、避けたいでしょ?」
…
アイリンは目を逸らす。
無視しようとする。
でも無理。
この影、
良心と深夜番組を混ぜたみたいな話し方するから。
…
その頃。
観客席の近くでは、別の熱が生まれていた。
噂。
「バレーの子、ダイレンに近づこうとしてない?」
「わざとだよね、あれ」
ヴィヴィアンが眉を上げる。
「……あの子が?」
「そうそう。めっちゃ見てるじゃん」
…
——その瞬間。
静かな戦争が始まった。
誰も気づかないまま、ちゃんと始まっていた。
…
数日後。
アイリンは気づき始める。
視線。
止まる会話。
消える挨拶。
…
「すごいね」
オスクリタが言う。
「何もしてないのに嫌われるとか、それ新しい才能かもね」
「……何もしてないのに」
アイリンがつぶやく。
「そこがポイント」
オスクリタは笑う。
「何もしなくても、人は不安になるの」
「あなた、ちょっと“違う”から」
…
アイリンは少しだけ止まる。
「悪い意味で?」
「いい意味で」
少し間。
「でも、分からないと怖いのよ」
……
こういうときだけ。
オスクリタは、やけに正確なことを言う。
痛いくらいに。
…
放課後。
シャワー室。
温かい水が流れる。
思考も、少し流れていく。
鏡が曇る。
その中に——影。
オスクリタ。
ポーズまで決めてる。
…
「蒸気っていいよね」
ドラマチックに言う。
「欠点、全部ぼかしてくれる」
「人類、ずっと霧の中で生きればいいのに」
…
「私に欠点なんてないけど」
アイリンが言う。
疲れた声で。
…
「はは」
オスクリタが笑う。
「そうね。私もビヨンセ並みに自信あるし」
…
アイリンは、少し笑った。
ほんの少し。
でも——軽くなる。
…
「ねえ」
オスクリタが少しだけ優しく言う。
「他人に決めさせないで」
「問題あるなら、それは“なれない”側の問題よ」
…
「……ありがとう?」
…
「やめて」
即答。
「私、あなただから。ちょっと面白いだけで」
…
その頃。
ダイレンは混乱していた。
練習に集中できない。
…
「お前、恋してるだろ」
友達が言う。
…
「……分からない」
彼は答える。
「でも、目が離せない」
…
観客席で。
アンドレアが静かに笑っていた。
…
噂は、広がる。
そして——届く。
ダイレンの耳にも。
…
彼はすぐにヴィヴィアンのところへ行った。
「やめてくれ」
彼は言う。
「アイリンは何もしてない」
…
ヴィヴィアンは固まる。
「……好きなの?」
…
「うん」
即答。
…
体育館の光の下で。
何かが、ひび割れた。
…
その日の夕方。
アイリンが寮に戻ると——
彼がいた。
…
夕焼けの中で。
世界が少し静かになる時間。
…
「一緒に歩いてもいい?」
「……うん」
…
歩く。
静かに。
…
そして——
珍しく。
オスクリタも黙っている。
…
アイリンは心の中で言う。
(いるよね?)
…
「しーっ」
返事。
「今いいところなの」
「シャイ女子と感情不明男子の回、見逃したくないのよ」
…
アイリンは少し笑う。
…
建物の前。
「じゃあ、また」
ダイレンが言う。
…
でも——
目が、言葉よりうるさい。
…
中に入って。
ドアにもたれて。
息を吐く。
…
「まあ」
オスクリタが言う。
「よくやったわね」
「高校ドラマ、炎上せずに生き延びたじゃない」
…
アイリンは笑う。
静かに。
目が少し光っている。
…
今回は。
影は、重くなかった。
不安はある。
でも——
逃げていない。
…
壁に広がりながら、オスクリタは伸びをする。
「あとさ」
一言。
…
「今日の湿気で髪、生き残ったわね」
少し間。
…
「奇跡って、あるのね。」




