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これ、終わりみたい。……たぶん違うけど

月日は過ぎていった。

急にじゃない。

はっきり分かる形でもない。

でも——

気づけば、いろんなものが少しずつ“現実”になっていた。

生活にもリズムができ始める。

アイリンは吹き替えと翻訳の仕事を始め、少しずつ自分の居場所を見つけていった。

自分の声。

自分のペース。

ちゃんと、自分で立てる感覚。

ダイレンのほうは、もっと速く進んでいた。

新しい責任。

昇進。

長い残業。

増えていくプレッシャー。

それでも——

彼は前より迷わなくなっていた。

そんな日々の間に、

二人は少しずつ“未来”を作っていった。

最初は、小さな予定。

次は、もっと先の話。

“いつか”って言っていたものが、

気づけば、“本当に来るもの”になっていた。

その日。

ダイレンが見せてくれた部屋に、アイリンは先に入った。

静かだった。

少し静かすぎるくらいに。

ソファ。

小さなテーブル。

灯されたキャンドルが二本。

そして——空間。

やたら広く感じる空間。

心の中で、オスクリタが即座に現れる。

「なるほど」

部屋を見回す。

「ミニマリズム度数、高めね」

少し間。

「最近まで金欠だった感がすごい」

アイリンは吹き出しそうになるのをこらえた。

「つまり?」

オスクリタが腕を組む。

「私たち、感情と想像上の家具だけで未来を築く予定なの?」

アイリンはゆっくり部屋を見回す。

「ダイレン……ここ……」

言葉が止まる。

オスクリタが顔を近づける。

「言いなさいよ」

真顔。

「今、“カップ麺生活何年コースか”計算してるでしょ」

ダイレンが一歩近づく。

そっと彼女の髪に触れる。

「まだ何も揃ってないけど」

彼は静かに言った。

「でも、これから作るもの全部——」

視線が重なる。

「君と作りたい」

完璧な言葉じゃなかった。

準備された感じもない。

だからこそ——

ちゃんと本物だった。

「怖がらなくていい」

彼はやわらかく続ける。

「俺は、ちゃんとここにいるから」

アイリンの胸の奥が、少しだけ重くなる。

怖いわけじゃない。

ただ——

“本当に現実なんだ”って、体が理解したみたいだった。

その時だけ、

オスクリタはすぐに口を挟まなかった。

ただ、静かに見ている。

そして。

ダイレンがポケットに手を入れる。

アイリンの呼吸が止まる。

オスクリタが勢いよく起き上がる。

「もし鍵だったら帰るわよ」

少し間。

「指輪なら……まあ、今回はドラマ許可する」

ダイレンは少し距離を取る。

それから——

迷わず膝をついた。

ためらいはなかった。

不安もない。

ただ、まっすぐだった。

「結婚してくれる?」

世界が静かになる。

部屋じゃない。

時間でもない。

彼女の中だけが、静かになった。

ほんの一瞬。

アイリンは動けなかった。

愛していないからじゃない。

望んでいないからでもない。

ただ、

この意味を理解してしまったから。

これは“瞬間”じゃない。

選択だった。

未来だった。

自分の人生を、自分で決めるということだった。

心の中で、オスクリタがようやく口を開く。

からかう声じゃない。

鋭い声でもない。

ただ、正直な声。

「うわ」

小さく言う。

「これは軽いイベントじゃないわね」

少し間。

「しかも今回は、綺麗に逃げられる感じでもない」

アイリンはゆっくり息を吐く。

心臓が落ち着いていく。

完璧じゃない。

でも——十分だった。

「……はい」

やわらかく。

でも、ちゃんと確かに。

「お願いします」

ダイレンの表情が、一瞬でほどけた。

安心した顔。

少しだけ泣きそうな顔。

彼は立ち上がり、そのまま彼女にキスをする。

あたたかくて。

少し不器用で。

でも、本物だった。

キャンドルの火が揺れる。

壁に映る影も、静かに揺れていた。

心の中で、オスクリタが見えないソファに倒れ込む。

「はあ?」

天井を見る。

「婚約?」

長いため息。

「急展開にもほどがあるでしょ」

アイリンはダイレンの肩にもたれたまま、小さく笑った。

完璧だからじゃない。

ちゃんと現実だったから。

その夜は、全部がゆっくりだった。

急ぐ必要がない。

騒がしさもない。

ただ、二人だけ。

話して。

笑って。

近くにいて。

アイリンは彼の胸に頭を預ける。

指を絡めながら、静かに目を閉じた。

長い間ずっと、

幸せを追いかけている気がしていた。

でも今は違う。

ようやく、その中にいる。

心の中で、オスクリタがだらっと伸びをする。

「見てよ」

ぼそっと言う。

「幸せ。安定。情緒も正常」

少し間。

「かなり怪しい状態ね」

アイリンは小さく笑った。

「まあ許すけど」

オスクリタは続ける。

「管理する感情トラブル減るし」

また少し間。

「でも、安心しすぎないでよね」

アイリンは薄く目を開ける。

「どうして?」

小さな声。

オスクリタはゆっくり首をかしげた。

意地悪じゃない。

ただ、分かっている顔。

「だって」

やわらかく言う。

「あなた、まだ“あなた”だもの」

静かな沈黙が落ちる。

重くもなく。

軽すぎもせず。

ただ、正直な沈黙。

アイリンはもう一度目を閉じた。

この瞬間を、無理に掴もうとはしなかった。

コントロールもしない。

先を決めつけもしない。

ただ——選んでいた。

オスクリタは消えない。

最初から、ずっとそう。

ただ静かに、後ろへ寄りかかって見ている。

「まあ」

最後に小さくつぶやく。

「これはこれで、面白くなりそうね」



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