うまくいきすぎてる。これは警戒案件かもしれない
その日の夜。
ダイレンの実家は、また少し世界が違って見えた。
騒がしいわけじゃない。
ただ——満ちている。
声。
笑い。
誰かがキッチンを歩く音。
そこには、“最初から家族だった人たち”の空気があった。
そして今は——
そこに、アイリンもいる。
…
ダイレンの妹が走ってきて、そのまま彼女の腕に抱きついた。
まるでコアラ。
「ねえ、もうお姉ちゃんって呼んでいい?」
…
アイリンは瞬きをした。
「え……っと」
…
心の中で、オスクリタが身を乗り出す。
「おめでとう」
真顔。
「史上最速の家族加入イベントよ」
…
アイリンは少し困ったように笑う。
「……たぶん?」
小さく答えた。
…
夕食の時間は、不思議なくらい自然だった。
無理に会話を続ける感じがない。
沈黙も変じゃない。
…
ダイレンの母親は、アイリンの仕事や将来のことを聞いた。
でも、“質問している”というより、本当に知ろうとしている感じだった。
…
父親は冗談を言うタイプだった。
でも、人を緊張させるような笑い方じゃない。
…
「アイリンちゃん」
ある時、彼が笑いながら言った。
「会えるの楽しみにしてたんだよ」
少し肩をすくめる。
「ダイレン、君の話ばっかりするから」
…
心の中で、オスクリタが眉を上げる。
「おや」
腕を組む。
「親公認ルート解放」
少し間。
「進行速度、予想以上ね」
…
アイリンは小さく笑った。
考えすぎないようにしながら。
でも——感じてしまう。
胸の奥で、何かが少し揺れる。
あの感覚。
もう置いてきたと思っていたもの。
…
ダイレンの母親が、そっと彼女の手に触れる。
「この子を大事にしてくれてありがとう」
…
その瞬間。
胸がきゅっと締まった。
苦しいわけじゃない。
ただ——思っていたより深く届いた。
…
アイリンは小さくうなずく。
「……ありがとうございます」
…
オスクリタが見えない扇子を振る。
「危険ね」
真剣な声。
「感情過多。マスカラ生存率低下中」
…
アイリンは小さく息を吐いて笑った。
…
全部があたたかかった。
居心地がよくて。
やさしくて。
安全だった。
…
だからこそ——
急に分からなくなった。
…
自分が、どこに立てばいいのか。
場所じゃない。
気持ちの話。
…
みんな自然に馴染んでいる。
いつ話すか。
いつ笑うか。
そういう距離感を、最初から知っているみたいに。
…
でも、自分だけは——
まだ覚えている途中。
…
オスクリタはすぐには冗談を言わなかった。
ただ、静かに見ている。
…
そして、小さく。
「……これは新しいわね」
…
アイリンは息を飲む。
「大丈夫」
…
「もちろん」
オスクリタは静かに言う。
「最近それ言うの、かなり上手になったわよね」
…
アイリンは少しだけ笑顔を保ったあと、
視線を皿へ落とした。
…
夜が深くなって。
少し静かになった頃。
二人は外へ出た。
空気が少し冷たい。
そのぶん、呼吸しやすかった。
…
ダイレンは隣でリラックスしている。
無理をしていない空気。
…
「……静かになったな」
彼がやわらかく言う。
…
アイリンは小さく笑う。
「みんな元気すぎるから」
「それは否定できない」
ダイレンも笑った。
…
少し沈黙。
でも、苦しくない。
…
「さっき」
彼がゆっくり言う。
「少し遠くなってた」
…
アイリンは顔を上げる。
「え?」
「考え込みすぎる時の顔してた」
…
図星だった。
…
オスクリタが横でうなずく。
「観察能力、高め」
少し間。
「面倒ね」
…
アイリンは視線をそらした。
「……みんな自然だから」
小さく言う。
「私はまだ、ちゃんと馴染めてない気がして」
…
ダイレンは少しだけ彼女を見る。
それから、自然に彼女の手を握った。
…
「そんなの、一回で分かる必要ないだろ」
声は静かだった。
「ゆっくりでいい」
…
シンプル。
いつもみたいに。
…
心の中で、オスクリタが腕を組む。
「あーはいはい」
「安心させるやつね」
ため息。
「一時的には効果あるのよね、これ」
…
アイリンは何も言わなかった。
ただ、少しだけ強く手を握り返す。
…
二人で家の中へ戻りながら、
胸の奥で、また何かが落ち着いていく。
完璧じゃない。
全部解決したわけでもない。
でも——今は、それで十分だった。
…
心の中で、オスクリタがゆっくり息を吐く。
「……なんか」
少し考える。
「うまくいきすぎてない?」
…
間。
…
「これは普通に警戒案件なんだけど」
…
アイリンは、少しだけ笑った。




