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これは絶対に悪い考え。でも——やる気らしい

ダイレンはもう試合に戻っていた。

集中している。

落ち着いている。

まるで、何もなかったみたいに。

でも——あった。

二人とも、それを分かっている。

最初は、偶然みたいだった。

コート越しに視線が合う。

ほんの少し長いだけ。

無視できる程度。

気のせいで済ませられる程度。

二回目は、違った。

今度は偶然じゃない。

ダイレンは目をそらさなかった。

そして——アイリンも。

アイリンが最初に気づいたのは、ダイレンの言葉じゃなかった。

彼が“しなくなったこと”。

避けない。

距離を作らない。

何かに隠れようとしない。

ただ、そこにいる。

ちゃんと。

それが——全部を変えてしまった。

心の中で、オスクリタが腕を組む。

「はい、最悪」

ため息。

「否認フェーズ終了。現在、相互認識段階に突入しました」

始まりは、小さかった。

少し長く残る「おはよう」。

なかなか終わらない視線。

何でもないように見える瞬間。

……何でもなくなくなるまでは。

誰も気づかない。

でも、二人には分かる。

それで十分だった。

アイリンは、自分に言い聞かせる。

意味なんてない。

考えすぎ。

ただタイミングが重なってるだけ。

オスクリタが鼻で笑う。

「そうね。そして私は自己啓発講師」

少し肩をすくめる。

「彼はもう避けてない。で、あなたも逃げてない」

それは事実だった。

そして——新しかった。

数日後。

練習帰り、二人は同じタイミングで体育館を出た。

約束したわけじゃない。

避けたわけでもない。

ただ——そうなった。

並んで歩く。

近すぎない。

でも遠くもない。

意識してないフリをしてる距離。

「上達したな」

ダイレンが言う。

「前にも言ってた」

アイリンが返す。

「今回はもっと本気」

アイリンは少し笑った。

「気をつけて。信じ始めるかも」

「信じればいい」

シンプルだった。

——シンプルすぎた。

だから余計に危ない。

心の中で、オスクリタが深いため息をつく。

「はい。これが人類が人生を壊す方法です」

「何が?」

「その瞬間だけ正しく感じる選択」

目を細める。

「一番危険なタイプよ」

アイリンは、ほとんど無視した。

完全には無理だったけど。

二人はそのまま歩き続けた。

空気は軽い。

でも、安全じゃない。

そして初めて。

アイリンは、安全じゃなくてもいいと思った。

それから、話すことが増えた。

大した話じゃない。

ただ——自然に続いてしまう会話。

無理がなくて、

簡単すぎて、

止めどころが分からない。

そして、イーサン。

ある日の午後、図書館の外で、彼は一人で座っているアイリンを見つけた。

「やあ」

「やあ」

イーサンはいつも通り隣に座る。

静かで、自然で、気を使わせない。

でも——何かが違った。

彼じゃない。

アイリンのほうが。

心の中で、オスクリタが小さく言う。

「……うん。これはもう変わっちゃったわね」

間違っているわけじゃない。

居心地が悪いわけでもない。

ただ——前とは違う。

イーサンは気づいていた。

もちろん。

「また、どこか行ってる」

アイリンは少し迷ってから、うなずく。

「……うん」

彼はしばらく彼女を見つめ、それから小さく笑った。

「じゃあ、たぶん答えは分かってる」

アイリンは息を止める。

「そんなつもりじゃ——」

「君は何も悪くないよ」

やさしい声だった。

ドラマもない。

責める感じもない。

ただ、理解しているだけ。

それが——逆につらかった。

心の中で、オスクリタが首をかしげる。

「……健康的すぎて逆に困るわね、これ」

その日の夕方。

今度はダイレンが彼女を見つけた。

偶然じゃない。

「アイリン」

声が違った。

前より、まっすぐで、迷いが少ない。

アイリンが振り向く。

心臓が即座に反応する。

オスクリタがため息をつく。

「はいはい、非常に“あなたらしい”反応です」

「少し話せる?」

アイリンはうなずいた。

二人は人の声から離れる。

騒がしさから。

周囲の視線から。

“何も起きてないフリ”の安全地帯から。

しばらく、どちらも話さなかった。

「もう、何もないフリしたくない」

ダイレンが言う。

アイリンの呼吸が止まる。

「……私も、頑張った」

「でも、何もないわけじゃない」

沈黙が落ちる。

でも今度の沈黙は、空っぽじゃなかった。

ちゃんと意味がある。

「どう終わるのかは分からない」

ダイレンは続ける。

「でも、お前から離れたくない」

それだけだった。

大きな告白もない。

劇的な言葉もない。

ただ——正直だった。

アイリンの胸の中で、いろんな感情が一気にぶつかる。

不安。

引力。

迷い。

「悪い考えね」

オスクリタが言う。

からかいじゃない。

ただ、事実として。

「分かってる」

アイリンは答えた。

「それでも、やってみたい」

オスクリタが長く息を吐く。

「まあ……」

少し肩をすくめる。

「少なくとも、自滅だって理解した上で進んでるのは偉いわ」

「失敗したら迎えに行ってあげる」

アイリンは少しだけ笑った。

ダイレンも。

そして——

計画もなく、保証もなく、常識もないまま。

全部が変わり始めた。



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