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接触、発生。これはかなりまずい

体育館は、いつもより騒がしく感じた。

……いや。

たぶん、アイリンのほうが敏感になっていただけかもしれない。

スニーカーの音。

コーチの鋭い笛。

ボールが床を打つリズム。

全部が、やけに大きく聞こえる。

...

アイリンは膝当てを直しながら、コートの反対側を見ないようにしていた。

そこにいるのは分かっている。

見なくても。

...

心の中で、オスクリタは静かだった。

消えたわけじゃない。

ただ——見ている。

アイリンは少し眉をひそめる。

「またそれ……?」

小さくつぶやく。

オスクリタは首をかしげた。

「ええ」

平然と答える。

「観察中よ」

「避けてない」

「集中してるだけ」

「同じことよ」

...

笛の音が響く。

「ポジション!」

アイリンはコートに入った。

手は落ち着いている。

でも、呼吸は違った。

...

跳ぶ。

サーブ。

移動。

反応。

しばらくの間、それで全部を忘れられた。

試合は、それくらい集中を必要とする。

ほとんど全部を遠ざけられるくらいに。

……ほとんどは。

...

そのとき。

ボールがコートを転がってきた。

バレーじゃない。

反対側のコートから。

バスケットボール。

...

アイリンの足元で止まる。

彼女は動きを止めた。

分かってしまった。

見る前から。

...

ゆっくりボールを拾う。

そして振り向く。

ダイレンがいた。

思っていたより近い。

準備していたより、ずっと近くに。

...

一瞬、どちらも動かなかった。

周囲の音が遠くなる。

どうでもよくなる。

...

「やあ」

彼が言う。

シンプルに。

——シンプルすぎるくらいに。

...

アイリンは小さく息を飲む。

「……やあ」

...

彼女はボールを差し出す。

ダイレンが受け取る。

その瞬間——

指先が、ほんの少し触れた。

それだけ。

それだけなのに。

...

心の中で、オスクリタが息を止める。

「……あ」

少し近づく。

「これはまずいわね」

...

ダイレンは、必要より少し長く彼女を見た。

「最近……忙しそうだな」

質問じゃない。

アイリンはうなずく。

「うん」

「そっちも」

「……うん」

...

会話は終わらないまま、二人の間に浮かんでいた。

始まったのに、終わりを見つけられていないものみたいに。

...

コートの向こうから、誰かがダイレンを呼ぶ。

でも彼は、すぐには振り向かなかった。

...

「頑張ってるな」

彼が言う。

アイリンはまばたきする。

「……何を?」

「バレー」

少し肩をすくめる。

「見てたから」

...

そんな言葉。

本当なら、意味なんてないはずだった。

でも——違った。

...

アイリンは少しだけ視線を落とす。

「ありがとう」

...

沈黙が伸びる。

さっきより長く。

重く。

...

心の中で、オスクリタが静かに言う。

「心拍数、上がってる」

アイリンは答えない。

答える必要もなかった。

...

ダイレンが少し体重を移動させる。

何かを言いたそうに。

でも、言うべきじゃないみたいに。

...

「ダイレン!」

また声が飛んでくる。

今度はもっと近い。

...

彼は小さく息を吐いた。

「戻る」

アイリンはうなずく。

「……うん」

...

ダイレンは少しだけ迷う。

ほんの一瞬だけ。

そして——

「またな」

...

さよならじゃない。

完全には。

...

アイリンは、彼が去っていく背中を見つめた。

今度も——振り返らない。

...

彼女はその場に、必要以上に長く立っていた。

手がまだ熱い。

試合のせいじゃない。

あの一瞬の接触のせい。

...

どうでもいいはずだった。

でも、どうでもよくなかった。

...

アイリンはゆっくり息を吐き、気持ちを切り替えようとする。

うまくいかない。

...

周囲の音が戻ってくる。

大きくて、鋭くて、現実的な音。

...

胸の奥で、何かが締まる。

知っている感覚。

でも、前とは違う。

...

オスクリタは冗談を言わなかった。

茶化しもしない。

やわらげもしない。

...

「まあ……」

静かに言う。

「予想より悪かったわね」

...

「大丈夫」

アイリンは小さくつぶやく。

オスクリタは否定しない。

...

ただ、少し近づく。

声はいつもより低かった。

少しだけ——正直に。

...

「違うわ」

静かな声。

「あなた、大丈夫じゃない」

...

アイリンは一瞬だけ目を閉じる。

ほんの一瞬。

...

目を開けると、試合はまだ続いていた。

日常は動いている。

全部、いつも通りみたいに。

...

それなのに。

もう、何も同じじゃなかった。



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