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女は暗い森を急ぎ、ある大きな松の木の下に立ち止まり、声を上げた。
「今帰った。」
その声が静かに響くと、すぐに上の遠い方から大きな羽音が聞こえた。それは滑空し、女の近くへ降りてくる。真っ黒な羽の、大きな嘴を持っている老人だった。
「おお、遅かったではないか。」
老人はゆっくりと地面に降り立ち、女の方を見る。その腕に抱かれているものを見て、途端に表情をなくした。
「それは、どうした?」
女はそれを聞き終わる前に背を向けた。先を急くように歩きながら、後についてきた老人に言う。
「後で話す。椿を呼んでくれ。私は家に居る。」
「・・・。あい分かった。」
そう言って老人は翼を広げ、暗い空の中へ静かに飛んで行った。女は足を止めずに、一つの大きな洞窟の前に来た。入り口にかかっている簾を持ち上げて中に入る。中は生活感のある、質素でも温かい住処になっていた。
女は部屋の隅に敷き詰められた藁を集め、その上に優しく赤子を降ろした。沈んでいかないことを確認し立ち上がり、なるべく目を放さぬよう、着ていた羽織やら腰にある刀やらを無造作に床へ投げる。諸々を取り外した後、またその赤子を抱きかかえ、部屋の中を頻りに歩き回っていた。それから老人が来るまでには幾分と時間はかからなかった。
「杏子さん。どうしました?」
そう言ったのは老人に負ぶわれてやって来た青年だった。寒色の袴を着ており、肌は仄白い。青年は老人の背中から降り、女の、杏子の腕の中を見た。
「それって。」
「赤子だ。熱を出しているみたいでな。冷やしてやってくれないか?」
杏子は青年の言葉を遮るように言って、彼に近づいた。酷く戸惑う様子の青年に、彼女は赤子を差し出して
「くれぐれも凍らせないようにしてくれ。」
と、そう言った。
「は、はい。」
そう返事をした青年は、杏子からぐったりとしている赤子を恐る恐る受け取った。先ほどの杏子の真似をして赤子を抱き、その顔をじっと見る。
「やっぱり、この子。人間・・・ですよね。」
そう呟くような小さい声で青年は言った。わずかな沈黙が流れ、杏子は静かに
「そうだ。」
そう一言だけ言った。




