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「杏子や。その子は一体どうしたのだ?」


 そう老人が変わらぬ声で聞くと、杏子は少しばかり重い声で言った。


「さっき、妖怪を一匹始末してな。そいつが大事そうに腕に抱えていたんだ。」

「そうか。」

「おそらく、現世(うつしよ)から攫ってきたんだろう。」

「あの・・・。」


 そう青年は二人の話を遮った。赤子を抱えたまま、弱々しい声で二人に問いかける。


「それは(わたくし)が聞いても良い話なのでしょうか?」

「そりゃあいいだろう。なぁ、杏子。」

「あぁ、そうでなければ呼びはしない。」


 そう言われた青年は安堵したような表情を見せ、赤子の様子を窺いながら言った。


「そうですか。いやね、寝てたら急に起こされたもんで、びっくりしましたよ。それで来てみたら人間の、しかも赤ちゃんがいるんですもん。夢かと思いました。」

「すまなかった。雪の奴で思いつくのがお前だったんだ。」

「いいんです。杏子さんの頼みですから。」

(からす)も助かった。感謝する。」

「構いはしないさ。ところで・・・。」


 青年の腕に抱かれ、その赤子の顔色はだいぶ良くなりつつあった。時々無邪気な声を漏らしながら、もぞもぞと動いているのがわかる。鴉と呼ばれたその老人は、先程の言葉に続けて言った。


「その子はどうする?このままというわけにはいかんだろう。」

「えぇ、熱は下がりましたが、すぐに帰してあげた方がいいですよ。」


 そう二人に言われた杏子は、迷わずに言った。


「でも、今から現世に帰すのはこの子に負荷が大きすぎる。そもそも、生きたままこちらへ来られているのが奇跡だろう。」

「それはそうだな。ではどうするのだ?」

「とりあえず、私はこれから神どものところへ行ってくる。人間については、あいつらの方が詳しい。」

「この子は?」

「置いていく。鴉と椿は面倒を見ていてくれないか?」

「わかりました。」


 それを聞いて、杏子は洞窟から出ていこうとする。鴉はそれを優しく制した。


「待て。お前さんは一度休んだ方がいい。」

「なぜ?」

「疲れているだろう。無理に先を急いてはものも上手くいかなくなる。」

「だが。」

「杏子。一度寝なさい。神界に行くのは明日の朝にしておけ。」

「いや、それは・・・。」

「なに。年老いた者の話は聞いておいた方がいいぞ?この子は私と椿で面倒を見ておこう。」

「・・・わかった。では、頼む。」


 そう言って杏子は近くの壁際に座り込み、すぐに眠りについてしまった。それを確認し、鴉は床に散らばった杏子の羽織やら何やらの衣服を畳み、刀を壁に立てかけた。そして、赤子を抱えたまま混乱している椿に一声掛ける。


「お前さんはそのまま待っていてくれ。儂は少し出かけてくる。」

「えっと、何処へ行かれるのでしょう?」

「現世だ。生きるためには食事が必要であろう?」


 鴉は出口の方へ向かい、簾を上げた。


「その赤子が口にできるものを取ってこよう。なぁに、すぐに戻るさ。」


 そう言って翼を広げ、満月の方へ向かって飛んで行った。

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