ローズの出した答え 5
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食後、骨董コレクターの大臣から自慢の品の話を延々と聞かされて、ラファエルが会食から解放されるころには夜もだいぶ更けていた。
深夜とまではいかないが、時計の針は限りなく深夜に近いところまで近づいている。
イライラしながら大臣宅から城に戻ったラファエルは、使っている部屋のドアノブに手をかけて動作を止めた。
(ローズはもう寝ているだろうか?)
隣の部屋の扉に視線を向ける。
ローズは今日、ジゼルが主催した夕食会に出席していた。
ジゼルたちのことだ、ラファエルがいない隙にあることないこと好き勝手にローズに吹き込んだに違いない。
(何を言われたのか非常に気になるな。……妙なことを言われていたら早めに否定しておかないと)
ラファエルにとって不都合なことを暴露されていた場合、早めにローズの記憶から抹消しておかなくてはならない。
(最初は腹立たしかったが、ローズが王宮に部屋を用意されなかったのは逆によかったかもしれないな。母上たちとの距離が近いと何を言われるかわかったものじゃない)
王宮に住む女性たちの機嫌を損ねるとあとが面倒くさいので、ラファエルは彼女たちにはできるだけ慇懃に対応するようにしていた。だが、女とは勘が鋭い生き物で、ラファエルがどれだけ丁寧に対応しようとも、内心の「面倒くさい」という心情を感じ取るらしい。ラファエルは、いつの間にか彼女たちから「慇懃無礼」と言われていることを知っていた。
(ここぞとばかりにローズに悪口ばかり吹き込まれた気がする)
ラファエルは無性に不安になって来て、ドアノブから手を離すと、隣のローズの部屋へ向かった。
寝ているだろうから起こさないようにと、控えめに扉をノックして、返事が返ってくる前に扉を開ける。
すると、明かりをつけた部屋にポツンと一人で座っていたミラがバッと顔をあげた。
「ローズさ……ラファエル殿下でしたか」
ラファエルを見て、ミラがずーんと沈んだ表情をする。
「ローズはまだ帰っていないのか?」
「はい。ニーナが一緒ですから大丈夫だと思いたいんですけど、さすがにこの時間になると心配で……」
「そうだな、いくら何でも遅い」
ジゼル主催の女性だけの夕食会には、当然ラファエルは参加したことがないが、夕食会が深夜近くまで続くとは思えなかった。
「見てこよう」
何かあったのかもしれないと、ラファエルが表情を引き締めて踵を返す。
王宮の中で何かがあるとは思えないが、ローズはぽやぽやしていてすぐに人を信用するところがある。
(見ず知らずの人間からお菓子をあげると言われてついて行っていないだろうか……)
さすがにそれはないと思いたかったが、ラファエルがローズとはじめて会ったとき、ローズはそれとは知らずにナンパ男に連れ去られようとしていたばかりか、ティータイムのケーキにつられてほいほいとラファエルを信用してついてきた。
(不安だ……)
ローズは思いっきり前科があるのである。今回も同じようにどこかの誰かに「お茶しませんか?」と誘われてついて行っていないと言い切れるだろうか。
(ローズには今度、知らない人について行ってはいけないという基本事項を叩きこむ必要がありそうだ)
人を疑わないのは美点だが、疑わなさすぎるのも問題だ。
ラファエルの歩調がどんどんと速くなり、最後にはほとんど走り出していた。
息を切らせて王宮に到着すると、玄関に立っている衛兵が目を丸くする。
「殿下、そんなに急がれてどうしたんですか?」
「ローズを迎えに来たんだ。ローズはまだ帰っていないのだろう?」
王宮から出るには玄関を通る必要がある。
使用人が使う勝手口や、有事に備えての抜け道なども存在するが、ニーナが一緒にいてそんな場所を使用するとは思えない。
案の定、衛兵たちは「まだお帰りになっていませんよ」と頷いた。
(とりあえず最悪の事態は回避できたわけだ)
王宮を出てから誰かに連れ去られていたら大問題だったが、とりあえず王宮の中にいるのならば危険はないだろう。
ラファエルは衛兵に礼を言ってジゼルの部屋に急いだ。
時間が時間なので夕食会はとうにお開きになっているだろうが、夕食会のあとでローズがどこへ向かったのかはジゼルが把握しているはずである。
おおかた、ブランディーヌあたりにお茶に誘われて彼女の部屋に行っているのだろうと当たりをつけつつジゼルの部屋を叩くと、小さく扉を開けて顔をのぞかせた侍女が、ラファエルの顔を見て戸惑った表情を作った。
「ラファエル殿下……」
しまった、という顔をした侍女に、ラファエルの眉がぐっと寄る。
「ローズがまだ帰って来ていないんだ。母上に確認したいのだが」
「それは……」
侍女の顔色が悪くなる。
(この中に何か隠したいものでもあるのか?)
ラファエルは扉をつかむと、侍女の制止も聞かず強引に押し開けて――絶句した。
「あー、らふぁえるさまー」
扉が開く音に振り返ったローズが、へらーっと笑う。その顔は真っ赤で、頭はゆらゆらと左右に揺れていた。そしてその手には、赤いワインの入ったワイングラスが握られている。
「……ローズ?」
明らかに様子のおかしいローズに、ラファエルは固まった。
しかしすぐに我に返ると、慌てて彼女の手からグラスを奪い取る。
「ローズ、君、いったいどれだけ飲んだ――って、母上⁉」
ローズに気を取られていたラファエルは、テーブルに突っ伏しているジゼルを見てギョッとした。
ジゼルの隣のエメリーヌも同じようにテーブルに突っ伏していて、ブランディーヌは少し離れたところのソファで横になって熟睡している。
(何がどうなっているんだ……)
ラファエルはローズを見たが、くすくすと可愛らしく笑いながらゆらゆら揺れている彼女では説明できないと判断し、扉の所で所在無げにたたずんでいる侍女に視線を向けた。
「これはどういうことだ?」
「そ、それが……」
咎めるようなラファエルの視線に侍女が顔色をなくしていると、水差しとグラスを取りに行っていたらしいニーナが部屋に戻って来て、「迎えに来られてしまいましたか」と肩をすくめた。
「ニーナ。これはどういう状況だ」
「殿下のお察しの通り、飲みすぎです」
ニーナがコップに水を注いでローズに手渡す。こぼしそうになりながら水を飲むローズにはらはらしていると、ニーナはジゼルたちの前にも同じように水を用意しながら説明を続けた。ジゼルたちは水が用意されてもピクリとも動かなかったが。
「皆さまずいぶんと盛り上がられて、いつもよりお酒が進んでいらっしゃいました。その結果がこれです。……ローズ王女殿下も同じくらい飲まれたはずなのですが、どうやら相当お強いようですね」
ニーナによると、まずブランディーヌがつぶれたらしい。そして、ジゼルの指示でソファに寝かされた。
そうこうしていると、ジゼルとエメリーヌがほぼ同時にケタケタ笑いながらテーブルに突っ伏して寝息をたてはじめたという。
一人残されたローズはふわふわした表情をしていたが意識を保っていたので、ニーナは連れ帰ろうかとも考えたそうだ。だが――
「飲みすぎて立って歩けないようですので、水を飲んで少しはっきりしていただいてから城に戻ろうと思っておりました。いくらローズ王女が小柄でも、わたくしでは抱えて戻れませんし、ほかの殿方にお任せしたら殿下がご不快になると思いまして」
それはそうだ。ローズが他の男に抱きかかえられるところを想像するだけで、ムカムカとした吐き気がこみあげて来る。
(それにしても母上たちは何を考えているんだ! いくら何でも飲みすぎだろう!)
ジゼルたちはともかく、ローズにも同じだけ飲ませたというのが気に入らない。
「ローズ、大丈夫か?」
くぴくぴと水を飲み干したローズに訊ねると、ローズはまたふにゃっと笑う。
「……これはまずいな」
ラファエルの目には、ローズはかろうじて酔い潰れていないだけで、ほとんど意識を保っていないように見えた。いつもに輪をかけてぽやんぽやんしている。
「夕食会は終わりだ。ローズは連れて帰るが……この三人は自業自得なので起きるまで放置して、君たちはさっさと休めばいい」
所在無げだった侍女たちに命じて、ラファエルはローズをゆっくりと抱き上げる。
視線が高くなったことが面白かったのか、ローズがくすくすと笑い転げた。
(ローズは酒も注意だな。飲ませすぎるとこうなるなんて……可愛すぎて誰にも見せたくない)
幼い子供のように笑いながらラファエルにすり寄って来るものだから、たまらない。
ニーナはジゼルの部屋の片づけを手伝ってから戻るというので、ラファエルはローズを抱えて一足先に城へ戻ることにした。
抱えているローズにできるだけ振動を与えないようにゆっくり歩いてローズの部屋の前まで戻る。
「ローズ、部屋につい――ローズ?」
扉の前でローズに声をかけたが返事がなく、不審に思って見下ろせば、ローズはラファエルの腕の中で幸せそうな顔で眠りこけていた。
その無防備な顔に、ラファエルは無意識のうちにため息をつく。
(まったく君は……)
こうも安心しきった顔で眠られると、少々複雑な気持ちになるのが男心と言うものだ。
両手が塞がっているので、扉の前の衛兵に頼んでノックしてもらうと、ローズの帰りを今か今かと待ち構えていたミラがすぐに扉を開けた。
「おかえりなさいませ……あら?」
ミラはラファエルの腕の中ですやすやと眠っているローズに目を丸くした。
「王妃たちに飲まされたようだ。起こすのも可哀そうだから、このまま寝かせてやってくれないか」
ローズの無事な姿が確認できたからか、ミラはくすくすと笑って、すでに準備が整えられているベッドまでラファエルを案内した。
「ローズ様は、お酒には弱くないはずですのに、随分とお飲みになったようですね」
「ああ。王妃たちがつぶれていたくらいだから、かなり飲んだのは間違いないだろう。普段は最初の一杯くらいしか飲まないのにな。無理やり飲まされたのかもしれない」
明日にでも王妃たちには苦情を入れておこう。次も同じようなことがあったらたまらない。
「おやすみ、ローズ」
ラファエルはローズをベッドに横たえて額にキスを落とすと、そっと身を引こうとした。だが、ローズの手がしっかりとシャツを握りしめていて、ラファエルはベッドに身をかがめたまま途方に暮れる。
「ミラ、ローズの手を離してくれないか?」
自分でも離そうとしたがどうあっても外れないのでミラに頼めば、ミラが眉尻を下げた。
「それが……ローズ様は眠る直前に掴んだものは、そう簡単には離してくださらないのです」
「なんだって?」
小さな手からは想像もつかないくらいの強い力で、ローズはぎゅうっとシャツを握りしめている。無理やりはがそうとすると細い指を折ってしまいそうで、ラファエルがどうしたものかと困惑していると、ミラが諦めたようにそっと息をついた。
「仕方がございませんので、今日は隣でお休みになられたらいかがでしょう」
ミラの提案に、ラファエルはギョッとした。
「しかし……」
「握られているところがちょうどボタンの上ですからね、脱ぐこともできないでしょうし」
確かにそうだが、結婚前に同衾などして、ローズの名前に傷がつかないだろうか。
けれど、ラファエルが困惑している間に、ミラはさっさとラファエルのための枕も用意してきてしまった。
「わたくしは控室におりますから、何かあればお呼びください。……ラファエル殿下、わたくし、殿下のことを心から信頼しておりますから、どうぞよろしくお願いいたしますね」
間違いは絶対に起こすなよと怖い笑顔で念を押すミラに、ラファエルは覚悟を決めた。
ラファエルがローズの隣にそっと潜り込むと、ミラが部屋の灯りを落として控室へ下がっていく。
ラファエルは起きる気配のないローズに、頭を抱えたくなった。
(はあ……今夜は眠れそうにないな……)
まさかこんな風に忍耐力を試される羽目になるとは思わなかったと、ラファエルはローズを遠慮がちに抱き寄せながら、大きく嘆息したのだった。
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