ローズの出した答え 4
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夕方になって、ローズは招待された夕食会に参加するため王宮へ向かった。
王宮へのお供はニーナである。ミラはまだ王宮の中のことがわからないためお留守番だ。
「ニーナ! くれぐれもローズ様をお願いしますね! ローズ様も、何かあればすぐに逃げ帰って来てください!」
(戦地に赴くわけではないのに、ミラってば心配性なんだから)
出かけようとしたときのミラの表情を思い出して、ローズは小さく笑う。
夕食会が開かれる王妃の部屋へ向かっていると、廊下の角に大輪の赤い花が生けられているのを見つけてローズは足を止めた。
「ニーナ、これは何の花なの?」
「ハイビスカスですよ。温暖な地域で咲く花なので、グリドール国ではあまり見ないかもしれないですね」
「へえ! ハイビスカスと言うのね。覚えておかなくちゃ!」
「お気に召したんですか?」
「ええ、とっても綺麗だもの。でも、毒があるんでしょう? だから不用意に触らないように覚えておこうと思って」
ニーナが怪訝そうに眉を寄せた。
「毒?」
「あるんでしょう? ラファエル様が、王宮に飾られている花には全部毒があるって言っていたもの」
「殿下が本当にそんなことをおっしゃったんですか?」
「ええ。毒花ばかりだから気をつけろって」
ローズがラファエルとしたやり取りを教えると、ニーナは途端疲れたような顔になって、首を横に振った。
「おそらく意味が違うと思います。ご心配にならなくても、王宮に飾られている花に触れては危険な毒が含まれたものはございませんよ」
「そうなの?」
「はい。……それから、毒花がどうとかというくだりは、くれぐれも夕食会の席では口になさいませんよう、お願いします」
「そうね、毒なんて食事会にはふさわしくない話題よね」
「……ソウデスネ」
どうしてだろう、ニーナの言葉が妙に片言に聞こえた。疲労感たっぷりの顔で「ミラも大概ですが、殿下はもっと困ったものですね」とぶつぶつ言っている。
王妃の部屋に到着すると、ローズ以外の全員が集まっていた。
全員と言っても、本日の夕食会のメンバーはローズ以外に、王妃ジゼルとブランディーヌ、そして、ブランディーヌの母である側妃エメリーヌの三人だけである。
エメリーヌとは初対面なので、ローズが恐縮しながら挨拶をすると、エメリーヌはおっとりと微笑んだ。髪の色と顔立ちはブランディーヌと似ているが、気性はあまり似ていないようで、ふわふわした雰囲気を持つ美人である。
「ブランディーヌからいろいろ聞いたわ。娘がご迷惑をおかけしてごめんなさいね。本当はもっと早くに謝罪にお伺いしたかったのだけど、下の子が熱を出してしまって、なかなか動けなかったの」
エメリーヌにはブランディーヌのほかに、今年五歳になる娘がいるようだ。虚弱と言うほどではないが、熱が出やすい体質の子らしい。
「末っ子だからか、陛下がことのほか溺愛していてね。ちょっと熱が出ただけで大騒ぎするものだから、エメリーヌは大変なのよ」
困った人よね、とジゼルが笑う。
「お父様は大げさなのよ」
ブランディーヌが肩をすくめて、ローズに席に座るように言う。ローズはブランディーヌの隣だ。
夕食会の邪魔をしないように、ニーナが他の侍女たちと部屋の隅に下がった。
ローズが席に着くと、ジゼルが赤ワインが注がれたグラスを手にして、茶目っ気たっぷりに片目をつむる。
「それじゃあ、邪魔者がいない夜に、乾杯」
「「乾杯」」
「か、乾杯」
戸惑いつつも、ローズもジゼルたちとグラスを合わせる。
カツンッと軽くて高い音が響いた。
(確か、このあとはグラスを置かずにお酒を飲むのがマナーだったはず)
ローズがぐびっと赤ワインを飲み干すと、ジゼルが「あらあら」と目を細める。
「ローズ王女はいける口なのね。よかったわ」
聞けば、ジゼルたちは全員酒豪らしい。普段は「飲みすぎるな」とアルベリクに注意されて好きなだけ飲めないそうだが、鬼のいぬまに何とやらで、定期的に開く女性たちだけの夕食会では散々飲み散らかすのだそうだ。
「さあ、じゃんじゃん飲みましょう。ローズ王女には、ラファエルのこともいろいろ聞いてみたかったのよね。あの子、ローズ王女の前だとどんな顔をしているのかしら?」
侍女を呼ばず、ジゼルが自らデキャンタを手にしてローズのグラスに注ぎ入れた。ローズのグラスに注ぐと、今度はブランディーヌ、エメリーヌのグラスにも注いでいく。王妃に注がせていいものだろうかと思ったが、ブランディーヌもエメリーヌも平然としているので、夕食会ではよくあることなのだろう。
「ああ、それ、わたくしも訊いてみたかったのよね」
ブランディーヌが追随すれば、そうねえ、とエメリーヌも首を縦に振った。
「ラファエル殿下は、女性にあまり心を許さない方だと思っていたのだけれど、ローズ王女の前だと違うのでしょう?」
「ええっと……」
違うと言われても、ラファエルと知り合ってから今まで、彼が優しくなかったことはない。たまに少し意地悪なときもあるけれど、基本的に優しいし親切で、とても大切にしてくれている。
ローズが素直にそう答えると、三人はそろって妙な顔をした。
「ラファエルが優しくて親切ですって?」
と、ジゼル。
「それ、ラファエルの顔をした別人じゃないかしら」
これはブランディーヌ。
「別人は言い過ぎかもしれないけれど、想像はつかないわねえ」
最後におっとりとエメリーヌが頬に手を当てる。
ローズはおろおろと三人を順番に見やった。
「ほ、本当にお優しいですよ」
「例えば? ローズ王女がラファエルと出会ったのは、プリンセス・ローズ号がプリンセス・レア号という名前だった時のクルーズのときよね?」
「は、はい。はじめて会ったのはアート・ギャラリーでした。その時はモルト伯爵のお名前を名乗っていらっしゃって、その、わたしが、ナンパ? というものをされていたところを助けてくださって……」
「何それ面白そうなんだけど、もっと詳しく説明してちょうだい」
ブランディーヌがラファエルを揶揄うネタを見つけたとばかりに食いついて来た。
ジゼルとエメリーヌも体が前のめりになっている。
ローズは三人に求められるままに、ラファエルと出会ってから今日までのことを語った。
ところどころ照れてしまうようなことを思い出しては、ポポポ……と頬を染めるローズと対照的に、話が進むにつれて三人の顔が能面のようになっていく。
「庇護欲というか、独占欲全開じゃない」
「ラファエル殿下はどちらかと言えばクールな方だと思っていたけど、違ったのかしら」
「というか、あの子、完全に調子に乗っているわね」
最後のジゼルの言葉に、ブランディーヌとエメリーヌが深く頷いた。
そして三人ともが真剣な顔になって、ローズの方にずいと身を乗り出してくる。
「いいこと、ローズ王女。このままだとラファエルはもっと調子に乗って、それこそローズ王女を一日中独占して部屋から出さないくらいになると思うわ。そうなる前に、もっと毅然と対応できるようにならないとダメよ」
「そうそう。甘い顔だけしていたら、すぐに気が大きくなるから。陛下もどちらかと言えばそういうタイプだし、ラファエル殿下もきっとそうなるわ」
「まったくね。あの子はどうせわたくしが何を言ったって聞きやしないんだから、ローズ王女がしっかりしないとダメね」
「え? え?」
ラファエルとの馴れ初めを話していたら、話が妙な方向へ転がりはじめてしまった。
ローズがおろおろしていると、ジゼルがいいことを思いついたとばかりにニッと口端を持ちあげる。ちょっと意地悪なことをするラファエルの表情とよく似ていて、ローズはさすが母子だと感心してしまった。
「ブランディーヌ、あなた、ブロンデル国に嫁ぐための妃教育がはじまるでしょ? 八年前も少ししていたけど、さすがにもうほとんど忘れているでしょうし、一からよね?」
「ええ、そうなると思いますわ」
「ブロンデル国に嫁ぐ以上ブロンデル語は必修だけど、教師は決まったの?」
ブランディーヌが困った顔で首を横に振ると、ジゼルの笑みが深まる。
「そうよね? ブロンデル語を教えられるだけ習得している人なんて、この国には少ないはずだもの。そこで、ローズ王女にお願いしたいのだけど……確かローズ王女は、ブロンデル語の読み書きが完璧だそうね?」
「完璧かどうかはわかりませんが……一応、読み書きはできます」
「結構。そしてあなたの侍女は通訳できるくらいにブロンデル語が堪能なのよね?」
「はい、ミラはすごく賢いですから!」
ミラのことが褒められて相好を崩したローズに、ジゼルが苦笑しながら続ける。
「ねえ、ブランディーヌ。ちょうどいいと思わない?」
ジゼルに流し目を送られて、ブランディーヌもニヤリと笑った。
「あら、本当ですわね。なんて好都合なのかしら。ローズ王女と侍女にブロンデル語を教わることができれば、とても心強いですわね。いいでしょう? ローズ王女」
「はい、わたしでよければもちろん大丈夫です」
ジゼルとブランディーヌの企みに気づかないローズは、にこり笑って頷いた。
「ふふ、これであのうるさい子も口出しできないでしょう。これから一緒にいられる時間が増えそうね。嬉しいわ」
ジゼルは満足そうな顔で、ぐいっと赤ワインをあおった。
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