消えたブランディーヌ 4
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
(なんなの、すごく暑いわ)
目を覚ましたブランディーヌが最初に思ったことはこれだった。
じっとりとまとわりつく蒸し風呂のような空気に、ブランディーヌは顔をしかめる。
広い部屋だった。――いや、部屋と呼べるほどきちんとした作りではない。もしかして、倉庫だろうか。壁際には、放置されているようにしか見えない蓋のない木箱が転がっていて、それ以外は何もない。
暑いのは、壁が薄いのと窓らしい窓がないせいだろう。
ブランディーヌは自分の姿を見下ろして、舌打ちしたくなった。
床には薄い板が敷かれているが意味もないほど土だらけで、ブランディーヌの豪華なドレスはすっかり汚れてしまっている。
ブランディーヌは立ち上がり、ドレスについた土を手ではたき落そうとしたが、はたいただけでは完全には綺麗にならなかった。
「せっかく、お気に入りのドレスを着てきたのに……」
レオンスに会うからと、手持ちのドレスの中で一番好きなものを選んできた。
「そうよ、レオンスに会う予定だったのに……ここはどこ?」
レオンスに会うため別邸に行き、メイドに出された紅茶を飲んで――そこから記憶がプツリと途絶えていた。
(場所からして、わたくしは攫われたのかしら?)
記憶が途絶えていることを考えるに、紅茶か、付け合わせに出されていたお菓子のどちらかに薬が仕込まれていたことは間違いない。
幸いにしてブランディーヌの手足は拘束されていないが、だからと言って、それで楽観視はできないだろう。
おそらく入口には鍵がかかっているか、外に見張りがいるはずだ。確かめようとして入口を開けようとするにはまずい。薄い板の引き戸のようなので、開けようとすれば音が出る。ブランディーヌが何者かに攫われたのならば、相手を不必要に刺激するようなことは避けるべきだ。
(天井が高いし、窓もない……。拘束されていないのは、それが不要だからだわ)
逃げようと思えば入口を使うしかない。つまり逃亡を防ごうと思えば、入口の一カ所だけ監視していればいいのだ。
これはなかなか由々しき事態だ。
ブランディーヌがレオンスと会うことは、一部の人間しか知らなかった。その一部の人間の中で、ブランディーヌを攫って得をするのは誰だろうかと考えれば、おのずと犯人は絞り込める。
(ブロンデル国の関係者である可能性が高いわね。……レオンスも、関わっているかもしれないわ)
レオンスを疑いたくないが、現状ではそれは排除できない可能性だ。
ブランディーヌを捕えて何をさせたいのかはわからない。だが、ブロンデル国とマルタン大国との関係性を考えると、この事件をきっかけに、避けられない事態に突入することだってある。
「少なくとも、わたくしとレオンスが再び婚約する可能性は完全に潰えたわね」
どうしてこんなことになったのだろうか。
レオンスのことを信用して、侍女も連れずに別邸に向かったのが間違いだったのだろうか。
考えても仕方のないことが頭の中をぐるぐると回る。
(八年もしつこく想っていたのが、そもそもの間違いだったのでしょうね)
レオンスは、ブランディーヌの初恋だった。国同士の関係のために婚約したブロンデル国の王太子は、大人で優しくて、ブランディーヌの理想がそのまま具現化したような王子様だった。
それなのに八年前、ヒルカ島の利権をめぐってブロンデル国との関係が悪化したことが原因で、ブランディーヌは大好きな婚約者から引き離されてしまったのだ。
幸せから一転奈落の底に落とされた当時十三歳だったブランディーヌは、自分でもあきれるほど荒れた。
周囲に当たり散らし、わめき散らし、泣き叫ばなければ立っていられなかった。
そして、壊れそうな自分の心を守るために、こう考えるようになった。
――ブロンデル国との関係が改善すれば、元に戻れる。
――きっとレオンスが迎えに来てくれるから、それまでじっと耐え忍んで待っていよう。
それはある種の自己暗示だったのかもしれない。そう思うことで心が粉々に砕け散るのを防ごうとする一方で、レオンスへの恋心を一層募らせることになってしまったから。
いつか迎えに来てくれる。ブランディーヌには、レオンスだけ。
そんなことを想いながら八年。ブランディーヌは二十一歳になった。
夢を見続けるには大人になりすぎてしまって、そろそろ諦めなければと、何度言い聞かせたかわからない。
それでもあきらめきれずに、忘れられずにずるずるとここまで来てしまった。
父も母も、王妃も、ブランディーヌの心を知っているのか、新しい縁談を持ってこようとはしなかった。きっと、ブランディーヌが自分自身で重たい初恋に決着をつけるのを待ってくれていたのだろう。
その結果がこれだ。最悪な、結末。
(わたくしが火種になんてなりたくないわ)
父アルベリクも、弟のラファエルも、自ら戦争をはじめるような好戦的な性格ではない。
けれども、相手から宣戦布告されて黙っているような無能でも臆病者でもないのである。
ブランディーヌを攫ったのがブロンデル国の人間ならば、これは宣戦布告になる。今後のブロンデル国の出方次第では開戦だ。
(せめてわたくしがここから逃げ出せれば、多少なりとも事態は好転するかしら?)
嘆くのはいつでもできる。そんな暇があるならもっと生産的なことを考えろと、ブランディーヌは自分を叱咤した。
(薬で眠らされていたということは、あの日からせいぜい一日かそこらしか経っていないはず)
その間に移動したとなると、王都からそれほど離れた場所ではないだろう。
隙を見て外に出ることさえできれば、あとは何とかなるかもしれない。
(問題は、どうやって外に出るか、ね)
入口は一つで窓はない。つまり、あの木戸を使うしか、外に出る方法はないのだ。
ブランディーヌは足音を殺してゆっくりと木戸に近づいた。作りが甘いのか、木戸には多少の隙間があるから、外の様子がうかがえないかと思ったのだ。
(せめて見張りがいなければありがたいのだけど)
そんなことを考えながら、そっと隙間に顔を近づけたときだった。
ガンッ‼
「きゃあ!」
顔を近づけた途端、何か重たいものがぶつかったのか、木戸が大きく揺れてブランディーヌは悲鳴を上げた。
「ブランディーヌか⁉」
ハッとして口を押えたブランディーヌは、外から聞こえてきた声に目を見開く。
「レオンス……?」
「ああ、やっぱりブランディーヌだな。ラファエル殿下! ブランディーヌはここだ‼ 鍵がかかっている!」
「わかりました! 鍵がないので戸を壊しますから離れていてください」
「わかった。ブランディーヌ、危ないからできるだけ戸から離れていてくれ」
「え、ええ……」
何が何だかわからないまま、ブランディーヌは言われた通り木戸から離れる。
すると、ややしてガンッ、ガンッと耳を覆いたくなるほどの大きな音が響きはじめた。打ち付ける音から察するに、斧か何かで木戸を壊そうとしていると思われる。
茫然としながら待っていると、兵士たちによって木戸は完全に壊され、壊れた木戸の破片をまたいでレオンスが室内に飛び込んできた。
「ブランディーヌ‼」
そのまま駆け寄られて、きつく抱きしめられる。
ブランディーヌはわけがわからず、レオンスの腕の中で、ただぱちぱちと目をしばたたいた。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ










