三十四話 無慈悲な現実
今回三回目の更新です。
一行は、クエストをリタイアした後、昨日も泊まった宿に再度チェックインして泊まった。
そして今、サクラは自分の部屋の机に突っ伏している状態だ。
ダンジョン、しかも新ダンジョンに行く事が決まり、サクラは自分の力を心配していたが、追い打ちをかけるように、『落雷』が使えなくなってしまった。
いや、使えなくなった、というよりは使えない、の方が正しいだろう。もっとも、雲がある日は別だが。しかし、ダンジョン内は当然雲など無い。どちらにしろ『落雷』は使えないのだ。
「どうしよう……属性もロクに扱えない無能になっちゃった」
サクラは、ユニコーンの雷属性の技を使っているが、所詮無属性だ。ので、普通の雷属性の剣士ができる当たり前の事が出来ない。普通の雷属性を扱う者は、『落雷』など使わなくても、剣に電気を纏わせ、技を発動することができる。
しかしサクラは『落雷』を使う事を前提に技が構築されている。つまり『落雷』が使えないと、技が使えない。文字通り”無能”なのだ。
「困ったなぁ」
『何か悩みがあるのか?』
「わ! びっくりした……。あなたキャラ濃いのに影薄い!」
サクラの頭の中に、突然ユニコーンの声が響いた。サクラが技を使えるのは、このユニコーンのおかげである。そういえば、ユニコーンの技を使っているのだから、技の事について一番知っているのはユニコーンだ。サクラはユニコーンに、『落雷』以外に電気を溜める方法は無いか聞いてみる。
『生憎、我も生まれたばかりだ。実を言うと、我の技の事については、我もよく分かっていない』
「え〜〜っ、そんなぁ」
『すまない。……だが、気になることがあるのだ。剣を持って一旦外へ出ないか?』
「外?」
今、外は真っ暗で、時刻はだいたい、あと少しで明日になる頃だ。気がひけるが、サクラは外に出てみる事にした。
長剣を持ち、ドアの鍵を閉め、宿の外に出るなり、サクラは純白の鎧の姿になった。いや、正しくは、ならされた。
「こんな姿にして、一体どうするの?」
『門の外に出てくれ。ここじゃ騒動が起きる』
「門の外って、今は深夜だし門も閉まっ……」
言いかけたところで、サクラの身体はゆっくりと微かに宙に浮かんだ。それにサクラはやっと分かったようにうんうんと頷く。
それから、さながら空を翔けるかのように飛んでいき、近くの草原で着地した。移動中、空の景色を見た、昼間と同じく、雲ひとつ無く、満月で、星がよく見えて感動するところだが、サクラはその空に嫌悪感を抱いた。
「で? どうするの?」
『サクラ、剣を抜くのだ』
言われた通りに、腰から長剣を抜く。相変わらず羽根のように軽い長剣だ。前に扱っていた長剣より軽く感じる。確かこの剣は『未来を断つ剣』と呼ばれる軽長剣で、マリーナから受け取ったものだ。よくこんな剣が普通の武器屋に置いてあったものだ。
しかも名前もある。『未来を断つ剣』。一体どんな意味を秘めているのだろうか。
『サクラ、前を見よ』
言われた通り、前方を見る。そこには暗闇以外何も無い。だが、その暗闇に、赤く光る目のような形をしたものが現れ、隣にもう一つ、また隣にもう一つ、
と、目のようなものはどんどん増え、その数は五十個にもなる。
『あれはグラスウルフの夜の姿。夜には【ウルフ】タイプのものの半数以上は凶暴化する。名付けて、ナイトウルフ』
「なにちゃっかし名前つけちゃってんの、まぁ分かりやすいからそう呼ぶけど」
『しかも、今日は満月。より凶暴になる。しかもあの数、二十五はいるぞ』
「にっ、二十五!?」
『慎重に行くのだぞ!』
ユニコーンが叫んだときには、もうすでに戦闘は始まっていた。一匹のナイトウルフが、サクラに飛びかかってくる。
ナイトウルフの胴体は黒く、凶暴さを感じさせる剛毛が生えていた。その姿はもはや、昼間のようなグラスウルフではない。
グラスウルフの体毛は、ほとんどが鼠色っぽく、目も黄色い。何もしなければ、攻撃してこないし、平和的な容姿だ。だが、ナイトウルフは、同種以外の見るもの全てを敵と見なしているような鋭い目をしていて、幼児が見たらおそらく恐怖で泣き出すんじゃないか。
それに、動きも、グラスウルフとは比べものにならないくらい速く、赤い目が暗闇に線を描いているほどだ。その動きに、サクラは反応できず、避けないでそれを長剣で受け止めた。
「ッ!」
……強い。思わず言葉が出てしまうほど、ナイトウルフのパワーは巨大だった。思わず目をつむり、弾き返そうと必死になるが、叶わず、サクラは吹き飛ばされてしまい、地面を転がる。
立ち上がった頃には、次のナイトウルフの襲撃が迫ってきていた。今度は、それを何とか斬り裂き、辺りに黒っぽい血を撒き散らす。一体、殺った。
だが、達成感を味わう暇もなく、左からナイトウルフが脚に噛み付く。弁慶の辺りで、鎧で守られていたので、何とか外傷もなく、すぐに振り払えたのだが、鎧にはナイトウルフの歯型がしっかりと刻まれていた。
露出している太ももをやられていたら、一体どれほどの傷を負っていたのか。鉄を凹ませるほどの力、サクラの心を戦慄が支配していく。
『怖気付くではない! あと二十四体だ!』
ユニコーンの喝に、サクラは目を覚ます。そうだ、ここで怯えていてはダメだ。抗わなければ死んでしまう。
サクラはキッと目を見開き、意識を集中する。ここは視力に頼っていてはダメだ。ナイトウルフの目では追えない。四方八方、あるいは頭上から伝わってくる殺気を、神経を研ぎ澄ませ、感じ取らなければならない。
いつだ。
いつだ。
ナイトウルフ達は、黒い身体を生かして、暗闇に身を潜めている。
だが、その赤く光る目は隠しきれないはずだ!
右方向に、赤い筋がキラリ。
「そこだっ!」
右に向き、両手で剣を振る。そこに、ナイトウルフはいた。肉を切り裂いていく感触が、サクラの腕に伝わってくる。
そして、それはやがて終わり、一匹のナイトウルフが絶命した。
そして、サクラは後方へ跳び、剣を構える。前方の斜め方向から同時に二体の襲撃。怯まずに左に突き、剣先にナイトウルフを突き刺したまま剣を右に振り、跳んだウルフを紙一重で斬った。真っ二つに割れ、サクラの左右を通り過ぎて行き、剣先に刺さったものは振った衝撃で抜け、右に飛んでいった。
また、暗闇にナイトウルフの姿が消える。サクラは眼を巡らせ、ウルフ達を探す。
…………やがて、頭上から噛み付いてくるナイトウルフを、捉えることなく一閃した。”それ”は、剣に突き刺さり、動きが止まり、サクラに絶命したことを知らせる。
突き刺さった死体を捨て、暗闇を見回す。そこにはそよ風が吹いているだけで、ナイトウルフの気配は消えていた。
おそらく、こいつには勝てない、と悟り、逃げたのだろう。
「はぁ〜〜」
サクラは肩を落とし、盛大なため息を吐く。凄まじく集中したので、外傷は吹っ飛ばされた時にできた擦り傷程度ですんだが、精神がはち切れそうだ。
おそらくナイトウルフ達が逃げてくれなかったら、負けていたかもしれない。
『何とか』
「やったね」
彼女らは息を合わせるかのように、自分たちの勝利を確認した。
「……で、気になる事って?」
「うむ。それはだな……」
刹那、大地が大きく揺れ、サクラ達は世界に揺さぶられた。その揺れは、地震、というよりは、何か重いものが落ちたかのような感じだ。
サクラは再度眉をひそめ、剣を構える。だが、次の瞬間、目を大きく見開いたまま、ある所を見つめていた。
サクラの、二、三メートル上空に、赤い目のようなものが見える。だが、これはナイトウルフではない。ここは平原のはずだ。あのようなところまで登れやしないし、何しろ先ほどとはだいぶ目の形や大きさが違う。
サクラの華奢な肩は震えていた。その赤い目のようなものは、どんどんサクラに近づいていき、やがて、目以外の顔も視認できるようなところまで来ると、そこで驚愕の事実を目の当たりにする。
その姿は、レンガのような岩で、創られた、ダンジョンなどにしか姿を現さない…………
「ゴー……レム?」
え、なんで? どうして? その言葉が、サクラの頭を何度も廻った。
無理もないだろう。ここは平原。ゴーレムが生息するような、洞窟などではなく、屋外。そんなところにゴーレムが居たら、おかしい。笑えるほどにおかしい。
ゴーレムは、サクラを一瞥した後、右手に拳を作り、ゆっくりと振りかぶった。
『サクラッ! 逃げよッ!』
サクラは、その言葉に反応するのに、時間がかかった。そして、ゴーレムの拳が、サクラへと出発したところで、やっとユニコーンの言葉を聴けた。
即座に後方へと走り出す。だが、もう遅い。拳はサクラの寸前まで迫ってきていた。
『サクラァッ! 飛ッ』
サクラの頭の中には、ユニコーンの声が最後まで響くことはなかった。鎧は、ズシンと伝わる重たい衝撃に耐えられず、砕けてしまい、その衝撃はサクラの身体に伝わっていき、ナルーガ王国を位置取る壁に、吸い込まれるように、空中で三回程度回転しながら吹っ飛んでいき、背中から叩きつけられた。その衝撃に、壁すらも耐えきれず、サクラの形をした凹みができ、サクラはそこに埋め込まれた。辺りにはとてつもない音が響いた。
内臓が破裂し、血泡をドッと吐き出す、サクラはその血の量を、掠れる目で見て、一瞬のうちに死を悟った。意識が薄れていくのがわかる。
サクラはリョウのことを思い出していた。あの日、噴水広場で、楽しそうに笑っていたリョウの事を。
そこで私は、なんて言ったんだっけか。
たしか、リョウを護るって、言ってなかったっけ。
こんなんじゃ……護れないや。
リョウ、ごめんね。
意識は、どんどん遠のいていき、もう痛みは感じない。あれだけの量の血泡を出しておいて、全く痛くない。死とはすごいな。
なんてことを最後に思いながら、よく見えない景色もついには完全に見えなくなり、サクラは目をつむり、息を吐いた。
リョウ、ほんとに…………
「ごめん…………ね」
◆
「へぇ〜、この能力、ゴーレムも操れるんだなぁ」
その殺害現場を、はるか上空で、黒いローブの青年は見ていた。まるで、映画でも見るかのように。
「まぁ、アイツを操った僕なら余裕か。あの時は苦戦したけどなぁ〜」
この青年の目は、赤く光っていた。ルビーのような淡い輝きを放っていた。ずっと、青年の瞳を見ていると、吸い込まれそうだ。
しかしその目も、やがて青年が持つもとの青色に戻っていく。
すると突然、地上にいるゴーレムは、赤い目の光を消したかと思うと、身体の中心から爆発するように砕け散った。
「これはいい実験結果が出たなぁ」
青年は地上から目を離し、空を見上げる。星が空の向こうまで続いていた。美しい景色だ。
「さぁて、ンママに戻ろっ」
落ちる流れ星にウインクして、青年は振り返った。すると、光をも超えるようなスピードで、どこかへと消えていった。
◆
時刻は深夜。突如響いた凄まじい音と地響きに、リョウは目を覚ました。
と同時に、何か背筋に嫌な予感が突っ走った。何か物凄く悪い予感が。
ベッドからすぐに飛び起き、寝服のままドアの鍵を開け、廊下に出た。そして、宿の外へと出る。
何故だか、体中に虫酸が走る。それの正体は分からないが、先程の音の場所は、リョウなりに分析した結果。王国の外だ。だが、今は深夜なので、門番は当然、門を開けてくれない。
「しばらく使ってなかったけど……」
やや躊躇いがちに、空中に魔法陣を浮かび上がらせ、中に手を突っ込む。そして、手のひらサイズの青い紙切れを、数枚取り出した。
門の外に出るためには、国を取り囲む壁を、越えなければならない。しかし、リョウ一人の力じゃ、到底無理だ。
そこで取り出したこの紙切れ。それを両足の足首の辺りに巻き付ける。
「呪符:『青』」
リョウが言うと、巻き付けた青色の紙切れは、青い炎に包まれ、焼失する。リョウは宿から走り出し、徐々に加速をつけていく。
その加速の力が、リョウの脚力はおろか、人間の脚力ですらありえない速さで疾走していく。
そして、またもや人間ではありえないような跳躍力を見せ、民家の屋根に飛び移り、そこからどんどん加速して壁まで向かっていく。もう彼のスピードは、馬ですら追いつけないだろう。
足首に巻き付けた青い紙切れは、実はただの紙切れではない。リョウが固有する、呪術士の呪符だ。この呪符は、『一度貼ったら、その部分の力を五分間無限大にする』という効果がある。元勇者ってだけあって、とんでもない呪符だ。
だが、その無限大というのは、初めから超人的な力を得るわけではなく、徐々に徐々にパワーが上がっていくっていう仕組みで、それも、使用者が、上げたいと願っている時以外は上げられない。
「ここだ」
壁から道路を挟んで、二軒目の屋根から、リョウは跳んだ。跳躍力がスピードに押されて、とてつもないスピードで壁の上へと近づく。
「〜〜っよっと」
綺麗に着地まで決める。スピードのあまり行き過ぎてしまうことも、飛び過ぎてしまうことも一切無い。
リョウは壁から下を見回す。
「なんだこれ……」
レンガのようなものが飛び散っていて、地面が抉られ、ところどころに結婚があり、両断されたナイトウルフの姿もあった。
まるで、戦闘でもあったかのような跡だ。
「暗くてよく見えないな」
リョウは、もっと下の様子を探ろうと、先程の青い呪符を、顔面に貼り付け、詠唱を唱えると、その呪符は青い炎に包まれて消え去った。ちなみに、顔面に貼ると目、鼻、耳が良くなる。
徐々に徐々に、視覚、聴覚、嗅覚が上がっていく。
「………………ッ!」
やがて、耳が、かすかな音をキャッチした。今日の夜は静かで、風も優しい。そんな中、一人の少女の声が響いた。
………………ごめん…………ね。
「サク……ラ?」
彼女の声のように聴こえた。そしてその声は、今にも消え去ってしまいそうな声だ。
「そんな……サクラは、宿で寝てるはず……こんなところにいるはずが無い、そうだよ、きっとそうだよ、落ち着けよ! 俺きっと疲れてんだよ!」
リョウはそう、自分に言い聞かせる。
だが、そんなリョウも、気づいているのでは無いだろうか。彼が一番よく聴いている声だ。彼が、一番聴き慣れた声だ。彼が、一番よく、その声の主を知っているはずだ。
サクラ……だって。
「そんなわけ無いだろッ!」
リョウは自分の顔に手を当てた。もう、泣きそうな目をしていた。
リョウはわかっていた。自分が、現実逃避をしている事に。
こんなのただの聴き違いだと。
だが、もし本当に聴き違いだと言うならば、今頃下に見に行っている筈だ。
その見に行く足が進まない、渋滞のように進まない。実際に自分の足が震えているのが、自分でも良く分かっている。
のに、それを信じようとしない。
一歩前へと歩み出せない。
(なぁ、決めろよ、リョウ。もしサクラだったら、多分死にかけだ)
「違う、サクラなんかじゃない」
自分の意見を自分が否定している。負けを認めない子供のようだ。
(行けよ。早く行かないと、サクラ、死ぬ)
「ちげぇよ。サクラじゃねえよ」
(だったら、行けよ)
「サクラ、じゃない。絶対に……」
震える脚を、恐る恐る前へ突き出し、あと1ミリでも進めば、壁から落ちるところだ。
その一歩を、なかなか進むことができない。
だが、嗅覚は正直で、確かにに感じ取った。
まだ新しい、血の臭いを。
リョウは壁から、足を下にして落ちた。呪符の力で防御力も上がっているので、命には何ら別条はない。何も問題なく、タン、と着地する。
そこで一気に血の匂いが、鼻が曲がりそうなほどに強くなった。嫌な臭いだ。そして、その臭いの発生源は、自分の背後にあるのだと感じ取った。後ろは丁度、城壁だ。
「サクラじゃない。サクラじゃない」
ゆっくりとゆっくりと、首を傾け、背後を見る。
そこには、リョウに、まるで現実を見ろと言わんばかりの、おびただしい量の血があった。
その上の、城壁には……。
「うそ……だ」
無論、傷だらけになり、唇や顎や首や胸を、血で濡らした少女が埋まっていた。
リョウは、膝から崩れ落ち、光のない瞳で、壁に埋まった少女を見て沈黙した。
「………………サクラァァッ!」




