二十四話 希望の灯火
「…チッ」
俺は、先程移された病室の中で、羊毛の布団を被って、密かに、その病室の寝ている人を起こさないように舌打ちした。
ユニコーンが壊していった窓がある病室は、修理のため、立ち入り禁止となった。
ちなみに、その際に俺は、75万エルの請求書を、看護師から手渡された。
舌打ちの理由は他にあるが、これはこれでまいった。
75万エルと言ったら、この国の武器屋で置いている、質斬れ味共に最高の武器を買えるぐらいの高値だ。俺の現在の所持金は1万エルくらいなので、エルを貯める為にしばらくはここに止まらなければならなくなった。
だが、今は、あまり興味が無く、どうでもよくて、今は他の事を気にかけていた。
気にかけている事とは、ユニコーンの現在の状況についてだ。
俺の身体は、召喚獣を五体死なせてしまうと、身体が破裂してしまう仕組みを持っている。
しかし、残念な事に、俺は召喚獣を、もうすでに三体死なせてしまっている。
ので、あと二体死なせてしまうと、俺の身体が無残に花を咲かせてしまうのだ。
赤い花を。血色の花を。
今、ユニコーンはその二体のうちの一匹になろうとしていた。
分かるのだ。
何故なら、召喚獣が、瀕死になる度に、スバルの身体がとても熱くなるからだった。
この、身体が蒸発してしまいそうなほどに熱い痛みは、これで4回目。
この痛みは、回数が上がるにつれ、痛みが倍増していくので、俺の枕元には、大量の汗が染み込んだ跡と、スバルの顔に満遍なくついた玉の汗が、その痛みを物語っていた。
ーー熱い。熱い。
俺はは、悲鳴を上げてしまわないように、必死に痛みを堪えていた。
ポタ。…ポタ。
スバルの額から、枕へと、大粒の汗が流れ落ちる。
焦っていた。
焦らないはずがないのだ。
こんな状況なのに、何もできない自分に対して、怒りを覚え、歯を食いしばる。
ポタ…。
また、今度は左目から、汗がこぼれ落ちる。
…いや、これは汗ではない。
「うぅっ…うぅ、うぅ〜ッ」
左目から、次々とこぼれ落ちる、大量の涙の雫。
ある目は左目だけなのに、その目だけではありえないくらいの大量の涙が、汗と混ざり合って、俺の顔はおそらくくしゃくしゃだろう。
羊毛の布団から手を出し、その手を握りしめ、床に叩きつける。
痛みなんて感じない。
「クソォっ…クソォっ!」
強く、より強く、地面に叩きつける。
こんな苦しい状況なのに、ユニコーン達は諦めず、戦ってくれてる。
俺のために…。
こんな、俺のために…。
本当なら、こんな傷が無かったら、もっと力があったら、ユニコーン達に的確な指示を出して、瀕死の状態になんてさせなかったのに…。
俺に力が無いから。
俺には……力が、無いから。
いくら職業を変えたって。
いくら名前を捨てたって。
いくら……いくら……。
「俺に…ッ、力が、無いから、ァ……また……」
また守れず、見殺しにしてしまうのか。
また守れず、その事実から逃げてしまうのか。
「こんなんだから……ッ、夏木を…ッ、恵を…ッ、昴をォッ!」
こんなんだから…守ることができなかった。
「クソオッ!」
何度目かの、叩きつけようとしていた拳が、急に、地面スレスレでピタリと止まった。
ーー熱く…ない。
どういうことなのだろうか。
熱くないという事は、ユニコーンが回復したか、ユニコーンが死んだかのどっちかだ。
しかし、こんな、瀕死になってからすぐに回復するはずがない。
ということは…
「…そ、んな」
スバルの脳裏に、「ユニコーンが死んだ」という文字が、幾重にも重なって浮き出てくる。
『ユニコーンが死んだ』
『ユニコーンが死んだ』
『ユニコーンが死んだ』
そしてその文字は…やがて…
『俺が、殺した』
という文字に変わり、スバルの身体にのしかかった。
『そうだ。そうだそうだそうだそうだ。
お前が殺した。
お前が殺した。
お前が殺した。
お前が殺した。
お前は、仲間を、殺した』
「そんな…そんなッ…」
その事実を受け入れきれず、頭を両手で押さえる。
頭の中で何時ぞやに聞いた声が蘇る。
『おいおい、青の勇者さまだぜ』
『ほんとだ。あの仲間を見殺しにした青の勇者さま』
『この国に何の用だ?まさか、俺は懸命に戦った。他の勇者は殺していない。なんて言うんじゃあるまいな?』
『勇者さまの恥知らずよ!」
『この人外がぁっ!』
『青の勇者さまは嫌いだい!べーだ!』
『汚物が!この国から出てけ!』
『でてけ!でてけ!でてけ!でてけ!
でてけ!でてけ!でてけ!でてけ!』
老若男女の罵声の一言一言が槍となって、もう既にズタズタの心をを抉っていく。
「かあっ〜ッ、あァッ!アアッがァっッ!」
狂ったのか。
苦しみ嘆く声が、抉られる痛みによる悲鳴が、まるで自分の声じゃないみたいだ。
たかが失っただけなのに。
もともとなかった。
あって都合の良かった物が、なくなって、また元に戻っただけなのに。
戻っただけなのに…。
どうしてこんなにも、あるとなしで違うのだろう。
ああ、そうか。
今思った。
事実を突きつけられ、苦しんで狂って、抉られて、もうなにをしているのか分からないのに、今ごろ、そんなことが分かった。
大切な仲間。
夏木。
恵。
昴。
そして召喚獣。
そんな、”大切な仲間”を、”失う”なんて、考えるはずもなかった。
そこに、俺の側で、生きていることが”当たり前”だった。
そこで失って初めて、大切な仲間が、当たり前ではなかったことに気づく。
その事実が、あまりにも重くて、だから俺は逃げてしまったのかもしれない。
狂ってしまったのかもしれない。
失って、失って、失うたびに、俺は余計なものまで失ってしまう。
だから心はズタズタになったんだ。
”余計なもの”、それは、多分、心を落ち着かせるための精神安定剤なのだと思う。
だから、その精神安定剤を失って、精神が平和に保てなくなって、それで今、俺は狂っている。
いや、狂わずにはいられない。
それだけ大切だった。
それだけ大切だったと、今頃気づく。
これを、”思い知らされる”。なんて言うのではないだろうか。
俺にとって、思い知らされる。ということは、これだけ、精神を狂わせてしまうほど、嫌なものなんだろうか。
「…会いたい…」
それだからなのか。またさらに、失ったから、求めたくなる。
「会いたい…。夏木に、恵に、昴に、ユニコーンに」
失ったから、またさらに、それを補うために、求めたくなる。
だけど、失ってから、今更、またさらに気づいてしまう。
失ったものは、かけがえのないものだった。と…
だから尚更後悔する。
失って空いてしまった、この溝を、このたった一つのガラスの靴を、埋めるものなんて、代わりには絶対にいない。
失ったものこそが、このガラスの靴に合うシンデレラだった事を、今の今更気づいてしまう。
気付いてからではもう遅い。
今更求めたって、それは戻ってこない。
とうに失なったものだから、
だから、もう二度と…
「会えない…」
『……会えるよ』
頭の中に、聞こえるはずのない声が響いた。
それは、懐かしい夏木の声。優しい声。……いや、違う。夏木の声とよく似た…
「サクラ?」
狂っていたことが嘘のように正気になって、見えていなかった世界が広がった。
いつの間にか、立ち上がっていて、壁が目の前にあって、ヒビが入っていて、血が滲んだような跡があった。
「痛ッ!」
突然、右手に激しい痛みが突っ走った。
右手を左手で抑える。血が出ている。多分、手首が折れている。
壁を何度も何度も殴っていたのだろうか。
俺はそんな狂い方をしていたのか。
目をパチパチとさせて、現状を把握する。
おかしい。サクラの声が聞こえる筈がない。
だってここにはサクラがいない。
しかし、今、確かに聞こえた。
サクラの声が。
あの、夏木とよく似ているサクラの声が…。
「サクラ…どう、したんだ?」
「どうもこうも、話せるから話してる」
意味が分からないのは俺の理解力が乏しいからか。
「実は私…」
その後、告げられた言葉に、俺は一瞬理解が追いつかなかった。
あまりにも突然で…驚くばかりだ。
なのに、
なぜか、左目から涙が、頬を伝っていた。
なにやら知らない名前が出てきましたが、後から分かるぱてぃーんなのでご安心を。




