二十三話 その姿は…
真っ黒な雲が、空全体を覆い、その黒い空に、二つの光が見える。
一つは、白。
立派な角を持つ白馬に跨り、剣を持って佇む少女。傍には、小さなドラゴン。
彼女は、真っ直ぐに敵を睨んで、不動だ。
その姿は、街中にポンと置いたら、道行く人全員が、一斉に振り返ってしまうほど、美しく、神々しい。
この少女は、剣を持たずとも十分に美しいのだが、剣を持つことで、美徳かつ勇敢な騎士の姿に早変わりし、皆が魅了されてしまう。
この美しく、真っ直ぐな顔から、どんな剣舞が繰り出されるのか…
一つは、黒。
先ほどから、この少女達を苦しませてきた竜で、体格は第一形態よりは小さく、第二形態よりは大きい。
当然、対峙している少女及び一角獣よりも、体は軽く五倍くらいは大きく、その大きさのためか、はたは、この世には無いような形相のためか、とてつもない威圧感を放っていた。
体は全体的に黒で覆われ、鋭い鉤爪に鋭い牙。そして、バサバサと風を仰ぐ、蝙蝠のような翼。赤く光る鋭い眼球に、命を削り取るような形をした角。
その形相は、対峙する少女の特徴とは、全く、全くのこれっぽっちも共通点が無い。完全に反対だ。
それに、最大の特徴と言えるものが、ドラゴンの周りを渦巻いているように漂う黒い煙のような雲のようなもの。
ドラゴン狩りに慣れている冒険者でも、これに関してはどこを探してもこれについて説明できる者はいないだろう。
はたして、この煙は、どんな秘密を持っているのか……
睨み合い、向かい合う両者。
そこには、風の音と、翼を羽ばたかせる音しか響いていない。
といえど、この睨み合いには、とてつもない殺気が込められていた。
おそらく、この両者の間に小鳥でも入ってしまうと、あまりにもの迫力にショック死してしまうだろう。
両者が同時にとてつもない殺気を放っていると言うよりは、どちらかというと一方的な戦いだ。
神食いは、とてつもなく恐ろしい目で、サクラを睨んでおり、対するサクラは一瞬たりとも怖気ついたら首が飛んでいるので、対抗すべく、今できる最大の強がりの、”睨み”というものを行っている。
この張り詰めた空気の中、一体いつになったら戦闘は始まるのか。
……いや、もうすでに戦闘は始まっている。
”睨み合い”という戦闘らしい戦闘を行っていないだけで、これでもれっきとした戦闘なのである。
しかし、この戦闘の戦況は、結果から言ってしまうと、この状況ではサクラ達が圧倒的に不利である。
これまでに、形態を変えるたびに能力を明かしてきたドラゴン。
第一形態に見せた能力を後回しにして、先に第二形態から見ていくと、第二形態では、剣を使って戦っていた。
第二形態との戦闘時に見せられた能力は、大抵は剣が無いと使えない能力なので、恐るべき事と言えば、爪が伸びることぐらいだ。
第一形態の能力は、凄まじい自然治癒だ。
よって、サクラ達が今わかっている能力は……
一、即、自然治癒。
二、伸縮する爪。
となる。
これだけの能力でも、サクラ達にとっては十分脅威なのだが、形態変えるたびに能力を見せてきたドラゴンだ。
この第三形態も、おそらく能力を発動してくるはずだ。
その能力について、予想される事が、あのドラゴンの周りに漂う黒っぽい、雲のような煙のようなもの。
サクラ達は、これがあのドラゴンの、ドラゴン自身が持つ、三個目の能力だと確信していた。
だからこそ、こうやって睨み合い、相手の能力をいち早く把握するのだ。
しかし、こうやって睨み合うだけの戦いも、精神をすり潰すような戦いで、一方的で、このままではこちらが先にまいってしまうと思ったナビどらごんは、サクラに耳打ちする。
「このままじゃらちがあかないナビよ。
どうするナビ?」
対するサクラは……
「だって、あのドラゴンの能力を把握しないと……。うっかり命を落としかねないよ」
と、小心的な答えをだす。
サクラの答えはもっともだ。
だが、しかし、相手だってこちらの精神を潰しにきているのだ。
ナビどらごんに嫌気がさして、いてもたってもいられなくなるのも当たり前だ。
「サクラ、ごめんナビ。やってみなくちゃわからないナビよ!」
次の瞬間、ユニコーンの前に、雷が激しい音とともに落下してきた。
「きゃっ」
『ユニコーンっ!走るナビ!』
ナビどらごんの指示で、ユニコーンは走り出す。雷の前を一瞬の迷いも無く走り、その自慢の一角に雷を集める。
途端にユニコーンは俊敏になり、ドラゴンに一直線に突っ込む。
対するドラゴンは、ユニコーンが衝突する前に、紙一重で上へ飛んでかわしすぐさまユニコーンがさっきまでいた方へ移動する。
「速度は第二形態よりは少し遅いナビね」
ユニコーンはUターンして再度ドラゴンに突進する。
だが、またもや上へと紙一重で移動し、今度はドラゴンがさっきいた方まで滑空する。
「ちょこまかと……ユニコォ……」
「待ってっ! ナビーちゃん!」
ユニコーンに指示をしようとするが、サクラの声で、その指示は遮られる。
「様子が変だよ。さっきまでこっちに送ってきていた殺気がピタリと止んで、しかもさっきと同じ逃げ方をした。何か、変だよ……」
「は?」
ナビどらごんは、戦闘に夢中で、気に留めもしなかったが、言われてみれば、確かに先程まで発していたドラゴンの殺気が、ピタリと止んでいる。
どういうことなのか。
もしかしてこいつは、戦う気がないんだろうか。
はたまた、こちらの技を、探っているのだろうか。
ナビどらごんは、必死に頭を回転させて、この状況を理解しようとする。
しかし、そんなことは無意味だった。
すぐにこの状況が分かるようになるからだ。
ドラゴンが、突然姿を消したのだ。
なんの前触れも無く、黒い雲が、ドラゴンの身体にまとわりつき、その雲がやがて消滅したと思ったら、雲と共にドラゴンも消滅していたのだ。
「!」
ナビどらごんは、必死に回していた頭を急停止させ、無我夢中で叫んだ。
「ユニコーンッ! うし……」
叫んだ時にはもう遅かった。
完全に気配を消して、ユニコーンの背後に現れたドラゴンは、ユニコーンの尻にガブリ!と噛み付いた。
ユニコーンは、激しい断末魔をあげてもがくが、その時にはもう肉を持って行かれ、血が激しく噴き出していた。
「クッソ! あの雲、姿を消すためのものだったナビか!」
ナビどらごんは、歯をくいしばる。
そう。あの雲は、ただでさえ視界が悪い闇色の天候の中、ドラゴンの姿を黒い雲でカモフラージュするためのものだった。
今も、ドラゴンの巨体は姿を消している。
次、どこからユニコーンに向かってくるか分からない。
この黒い雲で覆われた空は、神食いにとって最高の環境であり、その環境の中で戦っているサクラ達は、今や龍の巣に迷い込んでしまった、愚かな人間に等しかった。
サクラ達にとっては、ドラゴンが今、どこにいるか分からないので、大量の鋭い目に全方位から睨まれているような、とんでもなく居心地が悪い最悪の環境だ。
次はどこから来る?
次はどこから来る?
あわれな人間は、それしか、それにしか、神経をすり切らす事ができなかった。
それを考える事にだけしか、頭を働かせることしかできなかった。
ナビどらごんは、ドラゴンと言えど、持っている頭は、持っている特徴は、ほとんど人間と同じなので、ここまでかませられると、焦りは当然覚えた。
だから、龍の巣に迷い込んだ哀れな人間となってしまった。
おそらく、ナビどらごんとユニコーンだけでは、この最悪な現状を打破することができなかった。
このまま警戒のみに集中していたら、それこそ神経がもたないし、二人だけでは間違いなくこのドラゴンに倒されていただろう。
しかし……
「冷静になってよナビーちゃん」
あくまで二人ならばの話だ。
「十分……冷静、ナビ」
「だめ。全然冷静じゃない。焦ってるのが見え見えだよ」
「……焦らずにいられるかナビ! サクラはなんでそんなに冷静でいられるナビ!?」
「策があるの」
「策?」
サクラは剣士で、ナビどらごんは、悪魔でナビゲーター。
戦闘に関しては、サクラの方が明らかに専門だ。
ので、この厳しい現状を打破する策を、もうとっくに見つけていた。
その策とは…
「策がある……って、こんな八方ふさがりな状況ナビよ! 策なんて……」
「ある」
サクラは自信に満ちた顔をしていた。
「こんな八方ふさがりな状況でも、要は八方に障害物があって、進もうにも進めないんでしょう?なら、その障害物を壊せばいい。相手が能力を使って八方をふさぐんなら、自分達だって能力を使って、その八方に置かれた障害物を壊せばいいの。目には目を、能力には能力を。ってね」
サクラは人差し指を立てながら、学校の先生のようにナビどらごんに解説する。
「八方に置かれた障害物を、自分達の能力で、壊す……?」
「そう。私が言いたいのは、あのドラゴンが出てくる瞬間に、私達の周りの全方位に、雷を落とさせる。この攻撃が相手に効くかどうかは分からないけど、目くらましくらいにはなるでしょ?」
「ああ、なるほど! それで、その雷を角に集めてやれば、スピードが速すぎて、あのドラゴンも追いつけない……」
「そう! そういうこと! あの噛みつきを避けられなくても、噛みつこうとしてくる気配だけは読み取れるでしょ? そこを狙って雷をぶつければいいの」
「ふむふむ、なるほど。それじゃあ、早速ユニコーンに伝えるナビ!」
ナビどらごんは、サクラに感心しながら、ユニコーンに策の内容を伝える。
が……
「はっ!」
今度はユニコーンの前にドラゴンが現れる。
今度はユニコーンの頭に噛みつこうと、大きく口を開けた。
ーー危ないっ! 角が……!
それにいち早く気付いたサクラは、剣をドラゴンに向かって剣を振ろうとする。
が、振りかぶった時にはもう遅かった。
ドラゴンがユニコーンの角にかぶりつき、そのままへし折ってちぎる。
ユニコーンは激しい断末魔をあげながら、一歩、二歩後退し、よろめく。
ーー角がぁっ!
サクラが角へと手を伸ばした時、もうその角は、一角獣自慢の角が。
噛み砕かれ飲み込まれた。
サクラ達の背筋に一気に寒気が走る。
は?一角獣の角が、飲み込まれた?
自分らの主砲が、無くなった?
そう、困惑するばかり。
あの一角獣の角がへし折られ、噛み砕かれ飲み込まれた。その飲み込まれた角は、ドラゴンのカルシウムにでもなるのだろうか。
いや、それ以前に……
角が折られた一角獣など、一角獣とは呼ばない。
そいつはただの凶暴な馬だ。
サクラ達のみならず、ユニコーンも困惑する。
いや、絶望する。
自分の、武器が……
自分の、象徴が……
自分の、威厳が……
へし折られ、噛み砕かれ、飲み込まれた。
こんなユニコーンなど、もはやユニコーンではない。
ただの馬。
ただの馬。
ただの、移動手段。
角を失い、ただの馬が、空中に浮遊する力を無くし、遠い地面へと、落ちていった。
サクラの策は、実行される事はなかった。




