起床
「ルシアン、おはよう! よく眠れた?」
「おはよう……タリアナ。おかげ様で久しぶりに、しっかり眠れたよ。君は……ずいぶん早起きなんだね」
「ええ。明るくなると目が覚めちゃうの」
「その格好は……?」
ルシアンは、昨日は古風なドレス姿だったタリアナが、庶民的なワンピース姿に変わっているのに気がついて首を傾げる。
「植物を編み込んで作ったの。タオルと石鹸も作ったから、さっき、湯浴みをしてきたところよ」
「湯浴みって……お風呂も作ったのか?」
「ええ。良かったらルシアンも行ってきて。心配しなくても、覗いたりしないわよ。ルシアン用の着替えも作ったから、着替えてきてくれたら、今着ている服を洗濯できるし……」
「はぁ……君の器用さと行動力には、脱帽だよ。……お風呂、行ってくる」
「うん。これ、タオルと石鹸と着替えね。あの衝立の向こうが浴場よ。戻ってくるころには朝食もできてるから、一緒に食べましょ。……行ってらっしゃい、ルシアン」
至れり尽せりで送り出されたルシアンは、ふと、彼女が無一文で逃亡中の身の上であることを思い出して、苦笑いを浮かべた。
お風呂から戻れば、美味しそうな香りが漂っていた。
「お風呂、ありがとう。すっきりしたよ」
「それは良かった。あ……その服、良く似合うわ。ルシアンはカッコいいからなんでも着こなせるのね!」
「……き、君こそ……」
顔を赤らめたルシアンには気付かず、タリアナは、脱いだ服を奪い取ると、テキパキと洗濯してロープに干した。
そして、切り株に腰掛けてルシアンに手招きした。
「食事の準備ができてるから、早く食べましょ。ヤマメの野草蒸しと、木の実を粉にして作った団子よ」
2人は談笑しながら、朝食を口に運んだ。
「これも美味い……。タリアナは、すごいな。いつから料理ができるようになったんだ?」
「……いつだろう。実は、この世界で料理をした記憶がないのよね。幼い頃は、城にシェフがいたし、両親は過保護で、料理なんて危険なことはしなくていいって……いつも言ってた。裁縫や木工だってそう。特に、糸車には近づくなって口を酸っぱくして話してて……。今思えば、呪いが発動するのを怖がっていたのよね。あの時は、まさかわたしが眠り姫になるなんて思っていなかったし……結局、糸車がどんなものか知らなかったから、近づいて毒針が刺さってしまったんだけどね」
「君が目覚めた時、城には誰も残っていなかったの?」
「うん。百年も経っているんだから、仕方ないわ。わたしは両親が年老いてからようやく授かった娘で、兄弟もいなかったから、廃城になってしまったみたい。前世で読んだ眠り姫の童話では、姫が仮死状態から目覚めた時に困らないように、家族や使用人たちも全員百年の眠りについていて、同時に覚める魔法がかけられていたはずなんだけど……そんな夢みたいなことは起こらなかったわ」
辛い話をしているはずなのに、タリアナの表情は穏やかだった。
「……そうだったんだな。しかし、タリアナが前世を覚えていることや、同じ時間を繰り返していることも、充分夢みたいだと思うよ。料理をしたことがないのに、こんなに美味しいものが作れるのも、驚きだしな……」
「ふふっ。確かにそうね。まあ、料理ができるのは、前世の記憶が影響しているのかもしれないわ」
「……前世のこと、どこまで覚えてるんだ?」
「うーん……昨日も言ったけど、記憶が断片的なんだよね。名前も生きていた場所も、自分が何歳まで生きていたのかも覚えていないの。はっきりと覚えているのは……ド貧乏だったことね。母親が病気で亡くなってから、父親がギャンブルで作った借金を返すために、とにかく良く働いてた。前世のわたしには、小さい弟たちもいたから、料理も工夫して頑張ってたわ……」
「タリアナが姫らしくないのは、前世の記憶に引っ張られているせいか?」
「多分ね。まあ……たくましくなったのは、過去のループで結婚した王子たちのせいでもあるだろうけど」
ルシアンの頭の中に、タリアナから昨日聞いた、過去の結婚相手のことが駆け巡る。
1人目は、ヴァロワ王国の第一王子リシャール。
既婚者でありながら、タリアナを口説き落とした女好きの浮気男。
2人目は、ヴァロワ王国の第ニ王子エドガー。
愛を囁きながら、タリアナを地下室に幽閉した嫉妬深いヤンデレ男。
3人目は、ヴァロワの隣国……ベルモンド王国の第一王子アドリアン。
明るくて社交的だが、公務を放り出してギャンブルに明け暮れ、国家予算を使い込む散財男。
4人目は、南の小国……ローゼン王国のフェリクス。
穏やかで紳士的に見えるが、酒癖が悪く、妻に手を上げる暴力男。
「ああ……色々辛かったね。でも、それを乗り越えてきた今のタリアナなら、絶対に幸せになれるよ」
「ええ。今から幸せを見つけに行くわ! ルシアンが探している仲間も、早く見つかるといいよね。食べ終わったら、出発しましょ!」
ルシアンは、励まそうとした自分が、逆に元気づけられていることに気づき、照れくさそうに頷いた。




