恋の一歩
「つまり、フュードは赤ちゃんの時にドルシン殿下とすり替えられた……皇帝陛下と皇后陛下の本当の息子だったのね」
説明を聞き終えたタリアナが、混乱する頭の中を整理している。
「うん。両親も、5歳だった俺も、すり替えに気づかなかった……。ドルシンが独自に調査して、ミューラに自白させていなければ、今も真実を知らないままだったと思う」
「そっか……最初のループで会ったドルシン殿下は、フュードよりも小柄で色白だったけど……言われてみれば髪色や顔の雰囲気は似ていた気がするわ。赤ちゃんの頃は、それ程そっくりだったのね」
「ああ……」
「フュードは、今回の人生で初めて真実を知ったわけね……。1回目のループでは、何も知らないまま皇居で料理人をしていたってことでしょう?」
「そうらしい。フュードは、両親やドルシンとも面識があると言っていた。まあ3人は、そんな別の未来のことなんて知る由もないがな」
「なるほどね……それにしても、フュードが皇子様だったなんてびっくりだわ」
「俺も、山で会った時にはまさか弟だとは思わなかったよ」
「ふふっ、そりゃあそうだよね。それで、真実を知ったフュードは、これからどうするって?」
「両親に会うことは考えてくれるらしい。ただ、今の生活が幸せだから、皇子として皇居で暮らすつもりはないそうだ」
「フュードらしいね」
タリアナは肩をすくめて笑う。
「ああ。だから、俺も無理強いするつもりはないんだ」
ルシアンがそう答えると、タリアナは安心したように頷いた。
「それなら良かった」
それから、タリアナはふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、ルシアンはずっとわたしを探していたのよね?」
「ああ。一ヶ月間ずっとな」
「わたし、結構あちこちに顔を出していたんだけど、居場所はわからなかった?」
「うん。目撃情報だけは山ほど聞いたけどな。強盗団を捕まえたとか、倒れた女性を助けたとか、馬車の事故を防いだとか……。だけど、会えなかった。タリアナは今、どこに住んでるんだ?」
「あー、今は市場通りの外れにある住居の一部屋を借りているの。住み込みの仕事を探していた時に知り合った元騎士の2人が、部屋が空いているから一緒に住まないかって誘ってくれて……」
「……元騎士? 男か?」
「ええ。2人共まだ若いんだけど、事情があって騎士を辞めたらしくて、今は人探しや身辺調査の仕事をしているの。すごく親切な人たちだよ」
ルシアンの表情が固まった。
「いつから?」
タリアナはきょとんとしながら答える。
「1カ月前からだけど」
ルシアンは露骨に眉を寄せた。
「最初からか……」
「ここに来た初日は商家の老夫婦に泊めてもらったから……その次の日からね」
「……手は出されてないだろうな? 若い男と一緒に暮らすなんて……」
タリアナはくすくす笑った。
「何もないわよ。泊めてもらうだけじゃ悪いから、仕事を手伝ったり、食事を作って一緒に食べたりはしているけど」
「それは……」
ルシアンの眉間の皺が深くなる。
自分よりも長い時間、タリアナのそばに知らない男たちがいたと考えたら……それだけで胸が痛くなる。
彼女が異性として意識をしていなかったとしても……誰が見ても魅力的な女性だ。相手に下心がないとは言い切れない。
やっぱり、タリアナの住む場所を準備した方が良さそうだな……。
タリアナはそんなルシアンの思考には気づかず、話を続ける。
「それでね。わたしは2人にルシアンのこととか、フュードたちが開くレストランのことを色々話していたの。彼らは何度かルシアンを見かけて、わたしに場所を知らせてくれたんだけど、行くといつもいなくなってた。まあ、わたしがあちこちに首を突っ込んで寄り道しちゃってたせいなんだけど……。2週間前には、フュードたちが帝都に引っ越してきたみたいだって教えてくれたの」
「……ああ。君は、以前のループでレストランに行ったことがあったんだっけ?」
「うん、3回目のループの時にね。場所は知ってたんだけど、いつお店を開くのかは知らなかったから。フュードたちが来たみたいって聞いて、すぐにここへ会いに来たの。それからずっと開店準備を手伝ってるのよ」
「……そうだったのか」
「レストランのことが気になっていたのもあるけど、ここにいれば、ルシアンがいつか来てくれるかもしれないって思ってたから。……ルシアンも、同じ気持ちだったんでしょ?」
「ああ……そうだな」
ようやく、ルシアンの表情が少し和らいだ。
自分と再会するために、タリアナも動いてくれていた。
それは素直に嬉しい。
……とはいえ。
男2人と一緒に暮らしているという問題が解決したわけではない。
「タリアナ。今日も元騎士の住む家に帰るつもりか?」
「うん、そうだけど」
「悪いが、他の男と一緒に暮らすことを許せるほど、俺は心が広くない。タリアナは、俺の大切な人だ。……だから、できれば別の場所に住んでほしい。必要なら、探すのを手伝うよ」
「……嫉妬してくれているの? ルシアンが嫌なら引越しするよ。わたしは、ルシアンの恋人だものね。ただ、お世話になった2人に黙って出て行くわけにはいかないから、今夜はもう1日部屋に帰るね。心配なら、ルシアンもついてきてもいいけど……」
「ついていく」
ルシアンは即答する。
タリアナは少しだけ頬を緩めた。
その時、厨房の扉が開いた。
「お待たせー!」
明るい声と共に、シューリンたちが大皿を抱えて戻ってきた。
「もう話は終わったか?」
アキムの後ろから、フュードも料理を運んでくる。
「試作ができたから、食べてみてくれ」
テーブルの上に、大きな皿が次々と並べられていく。
香ばしい肉料理。
色とりどりの野菜を使った料理。
焼きたてのパン。
見たことのない料理も多い。
タリアナの瞳が一気に輝いた。
「わあ……! すごく美味しそう!」
タリアナは料理を眺めた後、ふと何かを思いついたようにルシアンに視線を移した。
「ねえ、ルシアン」
「ん?」
「店の前に待っている人たちって、ルシアンの護衛か何か? さっきから、チラチラ窓を覗いているから気になってて」
「ああ……近衛騎士のホーンズとトニーだ。俺がお忍びで街に出る時はいつも付き合ってくれている」
「ねえ、ホーンズとトニーも呼んでこようよ」
「……2人を? 勤務中だぞ?」
「せっかくだもの。みんなで食べた方が楽しいわ」
タリアナは当たり前のように言う。
「ふっ……そうだな。それじゃあ、呼んでくるよ」
ルシアンは思わず笑い、立ち上がった。
「うん!」
タリアナは嬉しそうに頷いた。




