両思い
「ただいまー!」
元気な声と共に入ってきたタリアナは、両腕でとても大きな袋を抱えていた。
詰め込まれた野菜や果物が邪魔をして、顔がほとんど見えない。
少し遅れて、ナッツ、ツユ、アラシも店内へ入ってきた。
「はぁ……。早すぎだって。どうして、バカ重い荷物を抱えてそんなスピードで走れんだよ」
「はぁ……はぁ……。私は山育ちだから体力だけは自信があったのに。やっぱりタリアナには敵わないわぁ」
「あーあ、また負けちゃったー」
3人が口々に愚痴をこぼしている。
「まったく、あんたたちは……また走ってきたの? 人混みを走るのはやめなさいって、何度言えば……」
シューリンが呆れた声を上げたところで、タリアナが買い物袋の横から顔を出した。
「シューリン、見て見て! 今日ね、面白い野菜が手に入って――」
その時、タリアナの大きな瞳が、店内にいる人物を捉えた。
「……ルシアン!」
次の瞬間、抱えていた買い物袋をその場に放り出し、一目散に駆け出した。
「あ、ちょっとタリアナ!」
「野菜が……!」
シューリンとツユが、床に転がった野菜や果物を慌てて拾い集める。
「あれ、ルシアンがいるー!」
アラシもルシアンに気づき、駆け寄ろうとしたが、父親のナッツにひょいと抱き上げられた。
「おっと。今は、ちょっと待ってような」
「えー、なんで?」
「2人の再会を邪魔しちゃ悪いだろ。タリアナがルシアンに会いたがっていたことは、お前も知ってるよな?」
「ちぇっ……わかったよ」
アラシは少し拗ねながら、ナッツの胸に顔を埋めた。
「お前ら、料理の試作を手伝ってくれ。食材は厨房に運ぶぞ」
フュードはそう言うと、ルシアンに手を振り、仲間たちを連れて厨房へ続く扉から出ていった。
どうやら、2人きりにしてくれるらしい。
タリアナはルシアンの前まで来ると、嬉しそうにその手を取った。
「ルシアン! やっと会えた!」
満面の笑みを向けられ、ルシアンの胸が大きく跳ねる。
「タリアナ……元気そうだな」
「ええ。ルシアンもね」
タリアナは握っていた手を自然に離すと、そのまま向かいの椅子に腰を下ろした。
「ねえ、どうしてここにいるの?」
「ずっと探していたんだ。フュードたちが開くと言っていたレストラン『アジト』を。帝都の市場通りにできるということ以外知らなかったけど……さっき初めて看板を見つけた」
「ああ、今朝わたしが取り付けた看板を見たのね」
タリアナは嬉しそうに手を叩く。
「ルシアンが店を探していたのは、フュードたちに会うため?」
「……うん。フュードに話があった。でも、それとは別に……ここに来れたらタリアナに会えるかもしれないという期待もあった。ずっと会いたかったんだ」
「……本当?」
「ああ。あの日、ちゃんとお礼もできないまま別れてしまったから。次に会う約束をしていなかったことを後悔してた」
「そうだったの……。わたしも、ルシアンにずっと会いたいと思ってたんだよ。一緒にいた期間なんて、ほんの数日だったのに。会えない時間が、思っていたよりずっと寂しくて……」
タリアナは一度目を伏せて、真剣な顔で前を向いた。
「わたし、いつの間にか本気でルシアンを好きになってたの」
真っ直ぐな告白に、ルシアンは息を呑む。
「ルシアンは、わたしに恋愛感情なんてないだろうけど。ただ……自分の気持ちを自覚したら、伝えないと気が済まなくて」
「……恋愛感情がないなんて、決めつけるなよ」
「え?」
「俺だって、気がついたらタリアナを好きになってた」
ルシアンは真っ直ぐにタリアナを見つめ返す。
「この一ヶ月、君を探し回っていた。目撃情報を聞いては駆けつけて、何度もすれ違った。そのたびに……会いたい気持ちが募っていった。いつでも、会いたい時に会えるようになりたいと考えてた」
ルシアンはそこで一旦言葉を止めた。
この一ヶ月、何度も考えていた。
タリアナがどこにいるのか。
今、何をしているのか。
そして、会えたら何を伝えるのか。
答えは、ずっと同じだった。
「タリアナ。俺と結婚してくれないか」
「……へ?」
予想していなかった言葉に、タリアナが固まった。
「タリアナと俺は、両思いなんだろ?」
「う、うん……」
「嫌か?」
タリアナは慌てて首を横に振る。
「もちろん嬉しいよ。でも……結婚はできないわ……ごめん」
「どうして?」
ルシアンの表情が曇る。
「前のループの経験もあるから、慎重になりたいの。あーもう! ……どうしてこの世界の人たちは、こんなに簡単に求婚するのかしら」
「簡単ではないぞ。俺は、真剣に一緒にいたいと考えて……」
「それはわかるけど……。今までのループでは、相手の好きな部分だけを見て結婚して、後から知らなかった部分を知って……後悔したんだもの。ルシアンもそうだとは思わないけど、同じような道をたどって、また時間が巻き戻ってしまうのは嫌だから……」
タリアナは、夜空のようなルシアンの瞳を覗きこむ。
「まずは恋人として、お互いのことをもっと知ってから、一緒に将来のことを考えたいの」
「……え。タリアナは、俺と恋人になってくれるってこと?」
「うん。ダメかな?」
「……ダメなわけあるか」
ルシアンの表情がパッと明るくなった。
「君が結婚に慎重になるのは仕方がないことだ。いずれは夫婦になれれば最高だけど……恋人としてそばにいられるなら、今は充分だ」
「良かった!」
タリアナは嬉しそうに笑う。
「ルシアン、大好き」
ルシアンは熱くなる身体を鎮めるように息を吐き、口を開いた。
「……タリアナ。君に話さなければいけないことがある。俺の家のことなんだけど……」
「うん」
「俺の家は――皇居なんだ」
タリアナはきょとんとしながら問いかける。
「え、住み込みで働いているってこと? 官職とか? もしかして近衛騎士?」
「……いや。俺は、モンテール帝国の皇太子なんだ」
「あー、皇太子ね。ん!? ……やっぱり『おうじさま』だったんじゃない!!」
思わず立ち上がったタリアナに、ルシアンが苦笑する。
「そうなるな」
「……山で亡くなるはずだったドルシン殿下のお兄様が、あなただったわけね」
「ああ」
「どうして話してくれなかったの?」
「……君が、王子とだけは一緒になりたくないと言って逃げ回っているからだよ」
「……確かに、言いにくかったかもしれないね」
タリアナは納得したように頷いた。
それから少し考えて、静かに続ける。
「今回は自由に生きたいと思っていたから、窮屈な王室には縛られたくなかったの。今も、その気持ちは変わらないんだけど……」
「我が家は、君が考えるほど窮屈ではないと思うぞ」
ルシアンは照れながら目を細める。
「母は平民出身の元文官で、昔から貴族社会とは縁遠い人だ。そんな母を見初めた父も、懐の深い人だよ」
「そうなの?」
「ああ。今度、ちゃんと紹介したいと思ってる。君のことを、俺の命の恩人で……恋人だって」
タリアナは、覚悟を決めて頷いた。
「……わかったわ。ルシアンの側にいたいなら、避けられないことだものね」
ルシアンの顔から、柔らかい笑みが溢れる。
その笑顔を見た瞬間、キュンと鳴る胸を押さえながらタリアナが小声で呟いた。
「……はぁ、やっぱりわたしは、おうじ様と惹かれ合っちゃう運命なのかぁ。運命というか……完全に眠り姫の呪いだよね。結局、わたしに求婚してきた中で『おうじ』じゃなかったのはフュードだけだし……」
「あー……タリアナ。実は……」
ルシアンは少し言いにくそうに口を開く。
「フュードは……俺の生き別れた弟だったんだ」
タリアナは、厨房に続く扉を眺めて頭を抱えた。
「……何てこと……」




