試食会
ルシアンに誘われたホーンズとトニーは、遠慮がちに店内に踏み込んだ。
「お邪魔します。へぇ、ここが噂のレストランか」
ホーンズは、興味深そうに店内を見回す。
「護衛の俺たちまで……本当にいいんですか?」
トニーは、いつになく恐縮している。
「お前たちも一緒にって……タリアナの希望だからな」
ルシアンは、皿を並べるのを手伝っているタリアナの肩に触れた。
「連れてきたぞ」
タリアナは振り返って、笑顔を見せた。
「お2人共、初めまして。わたしはタリアナです」
ホーンズとトニーは息を呑んだ。
タリアナが、噂以上の美少女だったからだ。
その笑顔には、抜群の破壊力があった。
「ああ、君がタリアナさんか……! 俺はホーンズです」
「トニーといいます。会えて嬉しいです……」
2人が思わず差し出した手を、タリアナは両手で包みこむように握った。
鼻の下が伸びた護衛たちを、ルシアンが面白くなさそうに睨んでいる。
「……お2人は、ルシアンに付き合って私を探していたんでしょう?」
「はい。この1カ月、公務の合間に毎日のように街に繰り出して探していました。会えそうで会えなくて、毎回、落ち込む殿下を慰めるのに苦労したんです」
トニーが、照れ笑いを浮かべる。
「ふふっ。それは大変だったね。ルシアンは皇太子様だから、街で騒がれたんじゃない?」
「それが、そうでもないんですよ。公式の場と違って、お忍びモードの時は軽装で髪型が無造作なせいか、不思議と皇太子オーラが消えるんですよね」
ホーンズがタリアナを見ながら肩をすくめる。
「そうなの? わたしが知ってるルシアンは、お忍びモードなのね。皇太子オーラのあるルシアンにも、ぜひ会ってみたいわ」
タリアナに顔を覗きこまれたルシアンは、赤面しながら頷いた。
「もちろん……いくらでも会える」
やがて全員が席につくと、フュードが試作した料理を取り分けながら声を上げた。
「それじゃあ、みんな、遠慮なく食べてくれ。料理の感想を率直に教えてもらえると嬉しい」
「いただきます!」
タリアナは嬉しそうに手を合わせると、さっそく料理を口に運んだ。
「……美味しい!!」
「本当?」
フュードが身を乗り出す。
「うん! これ、前に食べた時と味付けを変えたのね。苦味があって大人向けな感じ。わたしはこっちの方が好きだわ」
「よかった」
フュードがホッとしたように笑い、ふと、向かい側に座るタリアナとルシアンを見比べた。
タリアナは料理に夢中だが、ルシアンはタリアナの横顔を眺めている。
ルシアンが視線に気づいて前を見たので、フュードが気になっていたことを尋ねた。
「ルシアン、結局どうなったんだ? 素性は伝えたみたいだが……」
タリアナにチラリと視線を向けると、ルシアンは、少し言いづらそうに答えた。
「タリアナと……交際することになった……」
フュードに気を遣って必死に表情を引き締めているが、自然と緩む頬は抑えられないようだ。
「そうか……2人共おめでとう。振られた身としては複雑だけどな」
「……ごめんね、フュード」
タリアナが、フュードの言葉を聞いて申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝るなって。俺が勝手に好きになっただけなんだから」
フュードは苦笑した。
「タリアナが幸せなら、それでいい」
「うん」
ハルクが隣りからフュードの肩を叩いた。
「やっぱりボスはいい男っすよね〜。心配しなくても、また、いい人が見つかるっすよ」
ナッツも同意する。
「ああ、ボスなら大丈夫だよ。そもそも、モテる男だしな。タリアナがボスの求婚を断ったって聞いた時は驚いたけど、ルシアンと両思いだったなら仕方ねぇ」
「タリアナは、初めて会った時からルシアンといい感じだったからな。諦めるしかねぇよ。ボスは、気持ちをちゃんと伝えて立派だった。どんまい!」
アキムは、ケラケラと笑っている。
「おい、お前ら。これ以上俺の傷をえぐるな」
「励ましてるつもりなんだけど、なあ?」
「そうっすよ。ボスには俺たちがついてるっす」
「……まったく」
店内に笑い声が広がる。
そんな中、すすり泣いているのは護衛騎士のトニーだ。
「よかった……本当によかったですね、殿下……」
「何で泣いてるんだよ」
ルシアンが苦笑いを浮かべる。
「だって、毎日探してたんですよ? やっと会えて、ちゃんと想いが通じたんだと思ったら……」
「トニーは泣き虫だからな」
ホーンズは、呆れながらも嬉しそうだ。
「まあ、今までどんな女に誘惑されても興味を示さなかったルシアン殿下が、大切な相手を見つけたんだから、感慨深いものはあるな」
その場は、祝福ムードに沸いていた。
お祝いにと大きな酒のボトルが開けられ、元山賊たちも皇太子の護衛騎士も、和気あいあいと盛り上がった。
シューリンが、ふと呟いた。
「でも、まさかルシアン様とボスが兄弟だったなんてねぇ」
「本当ね。ルシアン様が皇太子様だったってことにも驚いたけど」
ツユが、息子のアラシに料理を取り分けながら頷いた。
「私たち、皇太子様に対して随分不敬だったんじゃない? 大丈夫かしら」
意外と常識的なシューリンが、心配の声を漏らす。
「それは大丈夫でしょ」
ツユは、タリアナを愛しそうに見つめるルシアンに視線を向け、クスリと笑った。
「ボスは、両陛下に会ってちゃんとした調査を受けるまでは確定ではないから、自分の出生については気にしないようにって言ってたけど……気にしないのは無理でしょ?」
「そりゃあ、そうだわ。普通の家庭じゃないからね。それにしても……おうじ様を次々に虜にしちゃうタリアナって何者なのよ」
「ほんと。魅力的なのはわかるけど、謎の多い子だよね」
シューリンとツユはタリアナに目を向ける。
さっき知り合ったばかりのルシアンの護衛たちと、楽しそうに話している。
「ーーあ、そうそう。ホーンズとトニーに聞きたいことがあるの」
「おう、なんだ?」
「何でも答えてやるぞ!」
いつの間にか敬語が抜けて、タリアナにデレデレしっぱなしの2人が身を乗り出す。
タリアナの隣に座るルシアンは、ハルクに話しかけられながらも護衛たちとタリアナの様子が気になって仕方がないようだ。
「2人は、ウルトとソラマンって知ってる? 今、わたしが一緒に住んでる人たちなんだけど、元帝都の騎士団で働いていたらしいから……」
「は!?」
「ウルトとソラマンと一緒に住んでるだって!?」
驚きの声を上げたホーンズとトニーに、タリアナは首を傾ける。
「やっぱり知り合い?」
「知り合いも何も……同じ近衛騎士として1ヶ月前まで働いていたし……」
「辞めると言い出した時は、引き止めたし……」
ホーンズとトニーがルシアンの顔色を伺う。
案の定、複雑な表情を浮かべている。
「もしかして、ルシアンも知ってた?」
「もちろん知ってるよ。ホーンズたちのような古い付き合いではないが、1年前から時々俺の護衛についていた」
「そうなの? 知らなかったわ」
「……俺が山で遭難した時に同行していたのも彼らだ。同じく同行していた執事のツキームは、俺をわざと山で遭難させたことを認めている。だが、ウルトとソラマンについては……俺もよくわからない。帰って来た時には、もう姿を消していたからな。田舎に帰ると言っていたそうだが……」
「何それ。ウルトとソラマンは、ルシアンを危険な山に置き去りにした悪いやつってこと?」
「あいつらは、俺がツキームと山に行くと知って、自ら同行を志願したんだ。理由はわからないがな……。もしかしたら……、タリアナに近づいたのにも何か思惑があるのかもしれない」
それから後のルシアンたちは、食事をとりながらも、どこか上の空だった。
心配したフュードに事情を説明すると、タリアナはすぐに席を立った。
「いい人たちだと思ってたんだけど……。ルシアンを危険な目に合わせたのは許せないわ。帰って、理由を問い詰めなきゃね」




