偽物
ミューラが出て行った後の応接室は、怒りと悲しみ、そして空虚感に包まれていた。
一部始終を見ていた騎士のウッドは、気まずそうに息を潜めている。
ルシードは何度も深いため息をつき、泣き続けるリリアンの涙をそっと拭った。
ドルシンは立ったまま扉をじっと見つめていたが、やがて震える声で口を開き、深々と頭を下げる。
「……大変申し訳ありませんでした」
「ドルシン……お前が謝る必要などない。悪いのはミューラと……カルロスだ」
ルシードが頭を上げさせると、ドルシンの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「ですが……僕は、すり替えられた偽物だったんです。本物のドルシンは……生後百日で深い山に置き去りにされました。季節は初冬。登山客など滅多に訪れない山です。凍える寒さの中、誰にも届かない泣き声をあげながら……きっと……」
言葉を詰まらせ、ドルシンは胸を押さえる。
「……僕は、奪ってしまった居場所で、何の苦労も知らずに生きてきました。そんな自分が許せないんです。……父上、母上、兄上……今まで愛情深く接してくださり、本当にありがとうございました。僕は……この家を出ていきます」
「な、何を言うの? あなたは私たちの大切な息子よ。出て行くなんて言わないで!」
リリアンは慌ててドルシンの腕を掴んだ。
ルシードも力強く頷く。
「そうだ。たとえお前がリリアンの産んだ子ではなかったとしても、ずっと一緒に過ごしてきた家族なんだ。手放すわけがないだろう」
「でも……僕は犯罪者の息子なんです。ここにいるべき人間では……」
最後まで言い終える前に、リリアンはドルシンを強く抱きしめた。
「関係ないわ! 私が知っているあなたは、泣き虫で怖がりで、小さな虫さえ殺せない優しい子。……それに、人一倍頑張り屋さんで、いつも周りをよく見ていて、誰よりも家族思いだわ。ルシアンと争いたくなくて、わざと無能なふりをしていたことも、最初からわかってた。……そんな不器用な優しさも、私は愛しいと思っているの。血のつながりなんて関係ない。私は、あなたのことを心から愛しているわ」
「母上……。僕は……これからも、ドルシンを名乗ってもいいんでしょうか」
「もちろんよ。今さらミュロスなんて名乗らせないわ。あなたはずっと、ドルシンとして生きてきたんだから」
リリアンはそう言って微笑むと、そっとドルシンから離れ、ルシードへと向き直った。
「ただ……山に置き去りにされた、もう一人のドルシンのことは、ちゃんと探してあげたいの。険しい山で、小さな骨を見つけ出すことは簡単ではないでしょうけれど……できるかしら?」
「ああ。どれだけ時間がかかっても必ず見つけ出す。見つけたら、きちんと弔ってやらないとな。長い間放置してしまったことを謝り、この罪は……一生背負っていこう」
「僕にも捜索を手伝わせてください」
ドルシンが身を乗り出して申し出る。
ルシードとリリアンは、顔を見合わせ頷いた。
「ああ、一緒に探そう」
「ありがとう……ございます」
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
その時だった。
「……捜索は、やめておいた方がいい」
それまで黙っていたルシアンが口を開いた。
ルシードが、怪訝そうに眉をひそめる。
「何故そんなことを言う? 数百人態勢で捜索するつもりだから、心配には及ばない」
「別に、危険だから反対しているわけじゃありません」
ルシアンはゆっくりと首を横に振る。
「骨を探しても……どうせ見つからないからです」
「どういうこと!?」
リリアンの高い声が響き、応接室に緊張が走る。
「もう一人のドルシンは……死んでなんかいません」
「……何ですって」
「俺は3日前、山で彼に会いました。あの時は、まさか自分と血の繋がった兄弟だとは気が付きませんでしたが……」
「えっ!」
「16年前、山賊に拾われて育てられた少年――」
ルシアンは唖然とする3人の顔を見渡し、静かに告げた。
「彼は、フュードと名乗っていました」




