本当
ウッドに応接室まで連れてこられたミューラは、無表情でソファに腰を下ろし、口を開いた。
「私が疑われているというのは本当ですか?」
リリアンは、額を押さえながらそれに応えた。
「ミューラ。あなたは、ルシアンを山に置き去りにするようにツキームに頼んだそうね。 ツキームがすべて打ち明けたわ……」
ミューラは眉ひとつ動かさずに反論する。
「そんな話はでたらめです。 私が頼んだなんて証拠は、どこにもありませんよね」
「ルシアンに試練を与えたいって……頼みを聞いてくれたら、ツキームのものになると言ったのよね?」
「まさか。ツキームは、いつも私のことをヤラシイ目見てきて、ずっと嫌だったんです。きっと、妄想と現実の区別がつかなくなっているんでしょう。リリアン様は、長年侍女として仕えてきた私の言うことが、信じられないんですか?」
「もちろん、信じたい気持ちはあるわ。でも、あなたの言葉を鵜呑みにするつもりもない。ツキームの言ったことが全部嘘だとは、どうしても思えないのよ」
「あんまりです。私よりもツキームを信じるなんて」
リリアンは、何も言い返せずにうつむいてしまった。代わりに、ルシアンが口を開いた。
「俺は、子供のころ、ドルシンの世話係だったミューラに、毎日のように嫌味を言われていた。最初は、『頭が良い人は努力がいらなくて得ですね』みたいな微妙な皮肉だったけれど、だんだんと、『皇太子の器じゃない』とか『可愛さのかけらもない』とか悪意を感じる言葉になっていって『死ねばいいのに』と言われたこともある。俺は必死で平気な顔をしていたけれど、内心は傷ついていた」
ルシードが眉をしかめる。
「何故、その頃に話してくれなかった? そのような無礼者だとわかっていたら、雇い続けることなんて無かったのに……」
「ミューラは俺には冷たかったが、ドルシンには優しかった。ドルシンも懐いていたから……引き離したくなかったんです」
リリアンがミューラを睨みつける。
「あなたは、昔からルシアンのことが気に食わないの? だから今回も危険な目に合わせたの?」
ミューラは肩をすくめる。
「言いがかりです。子供の頃の記憶なんて、存外曖昧なものでしょう?」
「何を……」
ルシアンが言い換えそうとしたその時、ドルシンが立ち上がった。
「ミューラ。もう、やめてくれ。兄上に、わざと暴言を浴びせていた頃のことは、僕も良く覚えている。僕が5歳の時、母上に、もう世話係は必要ないからミューラを侍女にしてやってほしいと頼んだのは……母上の前でなら、兄上が傷つけられることが無いと思ったからだ。あの時……本当のことを話して解雇してもらうべきだった」
ミューラの表情が初めて揺れる。
「何故、そんな酷いことを言うの?」
「兄上の行方がわからず皆が動揺している中、1人だけ平然としているあなたに違和感を感じていた。子供の頃の兄上への冷たい態度も、ずっと引っかかっていた。だから、諜報員を動かしてミューラのことを調べさせた」
「え……」
「あなたは、16歳まで神殿の施設で育った。その後、父上の兄……カルロス伯父上と出会い、愛人関係になった」
「……! それは本当か?」
ルシードが思わず声を上げる。
ドルシンは、軽く頷き言葉を続ける。
「皇居近くに小さな家を与えられ、しばらくはそこに一人で住んでいた。今から16年前、伯父上が失踪した半年後、ミューラはひっそりと出産している。ちょうど、僕の誕生日と同時期に。しかし、ミューラには現在子供がいない。事情を知りそうな人物を探っても、子供の行方はわからなかった。亡くなった可能性もあるが、今までのミューラのことを考えると……ある仮説が浮かび上がったんだ」
ドルシンは、再びソファに座りミューラと視線を合わせる。
「あなたは……僕の本当の母親なんじゃないか?」
「な、何を言い出すの? あなたは列記とした……」
ミューラの声が少し上ずる。
「ちゃんとした調査機関なら、僕とミューラの血のつながりを証明することぐらいは簡単にできるんだよ」
淡々としたドルシンの言葉を聞き、ミューラは唇を噛み締めた。
額には、汗が流れている。
リリアンが、動揺して激しく首を横に振る。
「ミューラがドルシンの母親ですって? そんなわけないわ! ドルシンは私が産んだ愛する息子よ」
ルシードも強く同意する。
「ああ。リリアンがドルシンを出産した時、私も立ち会っていた。それからずっと、成長を見守ってきたんだ。お前は、絶対に俺たちの大切な息子だ」
重い沈黙が流れた。
その沈黙を破るように、急に笑い出したのはミューラだった。
「は、ハハハッ!」
「な、何を笑っている?」
「だって、皇帝陛下と皇后陛下ともあろう方々が、揃いも揃って自分の息子がすり替わっていたことに気が付かなかったなんて……おかしくてっ」
ミューラは、開き直ったように真実を話し始めた。
「ドルシンの言う通り。あなたを産んだのは、この私よ。そして、あなたの父親は、本来皇帝になるはずだった……カルロス様。彼とは、神殿にいた頃に出会ったの」




