旅の終わり
帝都に続く登山道は、ヴァロア側とは違い、歩きやすく整備されていた。
2人は軽快な足取りで山を下っていく。
もうすぐ旅が終わってしまうことを意識しているのか、今までより口数は少ない。
途中で休憩をとりながら話したのは、他愛もない雑学についてばかりだった。
そして、太陽が傾き始めた頃、ようやく麓の町へたどり着いた。
「とうとう山を越えたね」
タリアナは来た道を振り返り、しみじみと呟く。
「帝都までは、あと一時間くらいだ。……今夜はどうする? 着いたらホテルを取ってやろうか」
「ありがとう。でも大丈夫よ。すぐに住み込みの仕事を探すつもりだし……見つからなくても、わたし一人くらいなら泊めてくれる人はいると思うから」
「知らない人の家に泊まる気か? 君は……女の子なんだぞ。警戒心がなさすぎるだろ」
「だったら……住む場所が決まるまで、ルシアンの家に泊めてくれる?」
「いや……それは、さすがに」
返事に詰まるルシアンを見て、タリアナはくすりと笑った。
「ごめん、困らせるつもりじゃなかったの。ルシアンは素性を知られたくないんだもんね。わたしのことは心配しないで。……早く行こ」
夕日に照らされた白い石造りの集落を、2人は肩を並べて歩く。
夕食時のためか通りに人影はなく、家々の窓からは温かな灯りが漏れていた。
やがて帝都へ足を踏み入れると、景色は一変する。
街は観光客や仕事帰りの人々で賑わい、活気に満ちていた。
目を引く容姿のタリアナとルシアンも、人混みに紛れてしまえば誰も気に留めない。
そんな中、街を警備していた一人の騎士がルシアンを見て目を見開いた。
「あっ!」
大柄な騎士は思わず指を差し、隣にいた仲間へ慌てて耳打ちする。
「ルシアン? もしかして、探してた仲間が見つかったの?」
タリアナが小声で尋ねる。
「……ああ。少し行ってくる」
タリアナが頷くのを確認すると、ルシアンは騎士たちのもとへ歩み寄った。
「……やっぱり殿下じゃないですか!」
大柄な騎士は勢いよく抱きついてきた。
「おい……こんな場所で抱きつくなよ、ホーンズ」
周囲の視線に気づき、ホーンズは慌てて一歩下がる。
「すみません! でも、本当にみんな心配していたんですよ。トニーなんて毎晩酒を飲みながら泣いていたんですから!」
青髪の騎士トニーは、目を潤ませながら言う。
「行き先も告げずに失踪するなんて酷いです。殿下らしくありません。せめて俺たちには話してほしかったです。そうですよね? ウッド隊長」
「その通りだ」
初老の騎士ウッドがため息をつく。
「我々は、殿下が幼い頃からお仕えしているんですよ。この2週間、一体どちらにいらしたんです?」
思いがけない言葉に、ルシアンは眉をひそめた。
「失踪? 誰がそんなことを言ったんだ。俺はヴァロア王国に帝国紙幣を偽造している犯罪組織があるという情報を得て、秘密裏に視察へ向かっていた。騎士のウルトとソラマン、それに執事のツキームも一緒だったんだ。だが、山で遭難して彼らとはぐれてしまった」
3人は驚いて顔を見合わせた。
「え……その話は初耳です」
ホーンズが戸惑いながら口を開く。
「実はウルトとソラマンは、10日ほど前に『田舎へ帰る』と言って騎士を辞めたんです。将来を期待されていた2人だったので、皆で引き止めたんですが……」
トニーも続ける。
「俺は数日前にツキームさんと皇居で会いました。殿下のことを話したら、とても動揺していたので、心配しているだけだと思っていたんですが……その時、本当のことを話さなかったのは、おかしいですよね」
「騎士団長からは『殿下が失踪した』とだけ伝えられました。捜索隊はずっと国内の町中を探していましたが、今朝になって山や海まで範囲を広げるよう命令が出たそうです」
ウッドの話を聞き終えたルシアンは、静かに息を吐いた。
「……なるほど。俺がヴァロア側の山奥に取り残されたのは、ただの事故じゃなかったということか」
騎士たちは息を呑む。
「と、とにかくご無事で良かったです!」
「両陛下もドルシン殿下も、大変心配されています。すぐに皇居へ戻りましょう」
「我々がお供します」
「いや、いいよ。君たちは警備中だろう?」
「ちょうど交代の時間なんです。それに、殿下の命が狙われている可能性がある以上、お一人にはできません」
ルシアンは少し考え、頷いた。
「……わかった。ただ、少し待っていてほしい。実は、山で遭難していた時に、ある女性に助けられてね。帝都まで一緒に来たんだ。今夜泊まるホテルまで送ってやりたい」
「殿下の命の恩人ですか? でしたら皇居へお招きしたらいかがです?」
「実は……俺が皇太子だということを秘密にしているんだ」
「何故?」
3人は揃って目を丸くした。
「今はまだ知られたくないんだ。彼女は、俺を帝都出身の旅人だと思っている」
ホーンズは苦笑した。
「殿下は昔から平民のふりをするのがお好きでしたからね。それなら、我々も話を合わせますよ。とりあえず、その女性を紹介していただけますか?」
「ああ。向こうで待って――」
そこまで言って振り返ったルシアンは、言葉を失った。
さっきまで立っていた場所に、タリアナの姿がない。
「……タリアナ?」
ルシアンは、慌てて人混みをかき分ける。
キョロキョロと辺りを見渡すが、タリアナの姿はどこにも見えない。
――まさか、皇太子だと気が付いて逃げ出したのか?
いや、きっと違う。
そういえば、ここで待っていてくれとは伝えていなかったよな?
そもそも、仲間が見つかるまでの間だけ一緒にいる約束じゃなかったか?
後ろから追いついた騎士たちが青い顔をしたルシアンを、心配そうに覗きこむ。
「見失ったんですか?」
「ああ……いなくなった」
「まだ近くにいらっしゃるのでは? 騎士団に伝えて捜索しましょうか」
ルシアンは、タリアナに似た髪色の女性を目で追いながら、首を横に振る。
「いや。あとから俺が自分で探す。あまり大事にはしたくないんだ。帝都にいるはずだから、きっとすぐに見つかる。……とりあえず、一旦皇居へ戻ろう」
ホーンズは、ほっとして問いかけた。
「それでは、我々にその女性の特徴を教えてください。もし見かけたらすぐにお知らせします」
ルシアンは頷き、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「……彼女の名前はタリアナだ。ヴァロア王国出身の16歳で、事情があって家族は既に亡くなっている。背丈は平均的だが、スタイルは抜群だ。ツヤのあるブロンドの髪と、深い森のような大きな瞳を持った、とびきり可愛い女性だ」
騎士たちは黙って耳を傾ける。
「何でも知っていて、何でもできる。足は速いし、力は俺よりも強い。明るくて優しくて、本当に頼りになる。でも、行動が突拍子もなくて、人を無自覚に誘惑するから……放っておけないんだ」
しばらく沈黙が流れた。
やがてウッドがぽつりと呟く。
「……何なんですか、その紹介」
トニーは苦笑し、ホーンズは肩を震わせた。
「めちゃくちゃ好きになってるじゃないですか」
「ぜひ一度、お会いしてみたいですね」
ルシアンは照れ隠しのように咳払いすると、3人の前を歩き出した。
「……行こうか」




