呪い
朝日が木々の隙間から差し込み、鳥たちのさえずりが静かな山に響いている。
ルシアンが目を覚ました時には、既にフェリクスの姿はなかった。
「声ぐらいかけてくれたら良かったのに」
残念そうに唇を尖らせたルシアンを、タリアナがなだめている。
「フェリクスは王宮を抜け出して来ていたから、急いで帰りたかったんだと思うよ。夜明けと同時に出発しちゃったの。ルシアンに、『また今度会いに行く』って伝言を頼まれたわ」
タリアナは、焚き火の残り火に水をかける。
その時、荷物を担いだアドリアンが近づいてきた。
「タリアナ、俺たちも国へ帰るよ」
少し照れくさそうに差し出された手を、タリアナは両手で包み込むように握った。
「うん。気をつけてね、アドリアン」
「……会えて嬉しかった。また……会えるといいな」
アドリアンが口にしたのは約束ではなく、希望だった。
タリアナは優しく微笑む。
「会えたら……また遊ぼうね」
「そうだな!」
最後はいつもの明るい笑顔を見せると、アドリアンは騎士たちとともに去って行った。
その背中が木々の向こうへ消えるまで、タリアナは静かに手を振り続ける。
山を吹き抜ける風が、金色の髪をそっと揺らした。
「タリアナ? 大丈夫か?」
隣に立ったルシアンが、不安そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ。どうして?」
「だって……泣いているから」
その言葉を聞き、タリアナは自分の頬へそっと触れた。
指先が、涙で濡れた。
「……おかしいよね。泣くつもりなんてなかったのに。フェリクスと別れた時も、なぜか涙が止まらなかったのよね」
「おかしくなんかないよ。それだけ、ちゃんと好きだったってことだろ」
ルシアンは、少し言い淀みながら静かに続けた。
「なあ……本当に、これで良かったのか? フェリクスなら、君をもう一度幸せにしてくれるんじゃないのか?」
タリアナは目を細め、遠くの山並みを見つめた。
「……昨夜、やり直したいって言われたけど、ちゃんと断ったわ。フェリクスもアドリアンも、リシャールもエドガーも……わたしといない方が幸せになれるの」
「それは、別の未来を見てきたから言えること?」
ルシアンは問いかける。
「彼らのために、身を引こうとしているのか?」
「わたしは、そんなに良い子じゃないよ」
タリアナは、苦笑しながら首を振った。
「いつも自分勝手に相手を振り回して、結局、振り出しに戻ったのをいいことに、別の人に恋をしちゃう軽薄な女なの」
ルシアンは思わず眉をひそめた。
「……そうは思えないけど」
タリアナは空を見上げる。
澄み切った青空が、どこまでも続いている。
「3回目も4回目も、たまたま好きになったのが王子様だったなんて……あり得ないよね。やっぱりこれも、呪いの一種なのかな」
「呪い?」
「わたしは呪いのせいで百年も眠っていたんだもの。もしかしたら、王子様と幸せになるまで人生を繰り返す呪いもかけられていたのかなって」
ルシアンは、真剣な表情で呟いた。
「だったら、今回も王子を好きになるかもな」
タリアナは、ふっと笑って否定する。
「いいえ、今回は違うわ」
その瞳が、まっすぐにルシアンを映す。
「だって……ルシアンは、王子じゃないんでしょう?」
その一言に、ルシアンの胸が大きく脈打つ。
それは、タリアナが自分への想いを遠回しに伝えてくれたからなのか。
それとも、本当は皇太子であることを隠している罪悪感のせいなのか。
自分でも分からない。
何も言えずに黙り込んだルシアンを見て、タリアナは少しだけ寂しそうに背中を向けた。
「そろそろ出発しよっか」
荷物を背負うと、彼女は何事もなかったように歩き出す。
ルシアンはその背中を見つめ、小さく息をついてから後を追った。




