告白
「寝ちゃったみたいね」
気がつくと、さっきまで話をしていたルシアンが横になり、穏やかな寝息を立てていた。
テントの中で起きているのは、タリアナとフェリクスだけだ。
夜通し遊ぶと息巻いていたアドリアンは、誰よりも早く眠ってしまい、騎士たちも主人の周りでいびきをかいている。
「ルシアンがタリアナより先に寝てしまうなんて、意外だな」
「今日はたくさん歩いたし、昨晩もあまり眠れなかったみたいだから……」
「昨晩は雷が酷かっただろう? 君は雷が苦手だから、一人で震えているんじゃないかと心配していたんだ。……ルシアンが側にいてくれたのか?」
「うん。側にいてくれたから大丈夫だったよ。……そうだ、フェリクスはいつから山にいたの? 食べ物や寝床は大丈夫だった?」
「ああ。一人用のテントと最低限の非常食は持ってきていたからな。……タリアナは、まさか手ぶらで山に来たのか?」
「うん。お金もなかったし……まあ、何とかなるかなって思って」
「相変わらず無謀だな」
フェリクスは少しだけ肩をすくめる。
「私は、比較的なだらかな帝国側の登山口から来たんだが、タリアナはヴァロアの険しい山を越えてきたんだろう? 猛獣や山賊も出ると聞くし……本当に無事で良かった」
「山賊のみんなとは仲良くなったよ。ルシアンと一緒に、一晩住処へ泊めてもらったんだ。紫グマに遭遇した時は驚いたけど、手作りのモリで刺して痺れさせて撃退したの。その後、山賊のボスのフュードが動けない紫グマを見つけて調理してくれて……美味しかったから、びっくりしちゃった」
「ふっ。それは……予想以上の展開だな」
フェリクスは思わず吹き出した。
「山賊と一緒に猛獣を食べたなんて話、タリアナのことを知らない人なら誰も信じないと思うぞ」
「……そうかもね。ねえ、フェリクスはフュードのことを知ってる?」
「山賊のことなんて、知ってるわけないだろ」
「彼ね、今は山賊だけど、もうすぐ帝国の市場通りにレストランを開くの」
「まさか……レストラン『アジト』? 時が戻った夜、一緒に食べたラザージョの……」
「うん、そうよ」
「もちろん覚えているよ。タリアナがどうしても食べたいと言うから、帝国から招いたんだ。……私にとっては、まだ一週間前の出来事だからね。あのシェフは若いのに宮廷料理人みたいな落ち着いた雰囲気だった。元山賊だったとは驚いたな」
「ええ。私自身は今回初めて会ったんだけど……4回の時戻りは、全部、彼が作るラザージョを食べた夜に起きているの」
「時戻りの原因なのか?」
「わからない。でも、関係がないとは思えないわ。実はフュードも時戻りを経験していて、今は私と同じ5回目のループを生きているの」
「戻ったのは、私たちだけじゃなかったのか。いつかまた、時間が戻ってしまうのかな……」
「うーん……今回は戻らない気がする。そもそも、戻りたいと思う気持ちがなければ戻らないんじゃないかなって思ってるの。……ただの勘だけどね」
「タリアナは、戻りたかったのか? 私との結婚生活が嫌だった?」
「嫌じゃなかったよ。でも、自信はなくなっていたかもしれない」
タリアナは少し寂しそうに首を振る。
「フェリクスは酒癖が悪い欠点はあったけど、それ以外は本当に完璧で理想の王子様だった。それに引き換え私は、いくら王妃教育を受けても上品に大人しくなんてできないし、国民の手本には、なれそうになかったから……」
「タリアナは、別にそのままでいいんだよ」
「フェリクスなら、そう言うと思った」
タリアナはフワリと笑い、少しだけ視線を落とした。
「……あのね。今まで話したことがなかったけど、1回目の人生で帝国の迎賓会に参加した時、フェリクスは別の女性と結婚していたの。二人は仲睦まじくて、本当にお似合いで……羨ましいって思ったことを覚えてる。だから、あなたの運命の相手は本当は私じゃなかったのにって……ずっと引っかかってた」
「……私は、タリアナが運命の相手だと思っているよ」
フェリクスは静かに続ける。
「時間が巻き戻って、一緒に過ごした日々が無かったことになっても、私の気持ちは何も変わらない。できることなら、もう一度結婚生活をやり直したいと考えている。ルシアンを送り届けたら、一緒に王宮へ帰ろう」
「ごめん。一緒には行けないわ」
「私のことは、元々そんなに好きじゃなかった?」
「そんなことない! わたしは、いつだって本気で恋をしていたわ」
「君が『ダメ王子』と呼んでいた3人の元夫たちも?」
「うん。リシャールは一目惚れだったけど、エドガーの真っ直ぐなところや、アドリアンの明るいところは好きだったわ。フェリクスの愛情深くて、とびきり優しいところは……大好きだったよ」
「今は、全員がダメ王子じゃなくなっているんだよな? しかも、みんな君を大切に想っている。それでも受け入れられない?」
「……うん。私は自由に生きていきたいから」
2人の間に沈黙が流れる。
少しして、フェリクスが口を開いた。
「理由はそれだけ? 本当は、君が……本物の運命の相手を見つけてしまったからじゃないのか?」
そして、眠るルシアンへそっと視線を向ける。
タリアナは一瞬目を見開いて、呟くように返事をした。
「……正直に言うと、彼と離れたくないと思ってることは否定できないわ。でも、別に結婚したいわけでも、今以上の関係になりたいわけでもないの。これは……ただの片思いだから」
「片思い、ね……」
フェリクスはそれ以上何も言わず、背中を向けて横になった。
タリアナは、なぜか頬を伝った涙をそっと拭い、テントの隅で丸くなって目を閉じた。




