フェリクス
フェリクス・ローゼン。
紳士的で優しく、国民に愛される南の小国の王子様。
しかし酒癖が悪く、タリアナに初めて暴力を振るった――4回目の結婚相手。
小国とはいえ、資源が豊富で古い歴史を持つローゼン国は、世界でも一目置かれる存在だ。
そんな国の王子が、主従も伴わず、たった1人で現れた。
「はぁ……タリアナ、君を探していたんだ。私のこと、わかるよね?」
タリアナは立ち上がると、息を切らしたフェリクスの前へ歩み寄った。
「ええ……フェリクス。1人で来たの?」
「うん。こっそり王宮を抜け出してきた。説明しても誰も理解してくれなかったから……」
「一応聞くけど、どんなことを説明したの?」
「時間が巻き戻ったことだよ」
「巻き戻った? 夢を見ていたわけじゃなく?」
「夢? いや、違うよ。確かにこの数日は君の夢を見ることもあったけど……2年後の未来から戻ってきたことは間違いない。タリアナもそうなんだろう?」
フェリクスはタリアナの瞳を真っ直ぐ見つめる。
その視線に、タリアナの瞳がわずかに揺れた。
「私は、結婚していた2年間をはっきり覚えているよ。本当に幸せだった。求婚を受け入れてくれたあの日、話してくれたよね? 『現在は4回目のループで、過去に3回結婚していた記憶がある』って。君にとっては、5回目のやり直しなんだろう?」
「うん……フェリクスの言う通りよ」
「待て待て、タリアナ」
話に割って入ってきたのはアドリアンだった。
「今の話だと、俺は4人の夫のうちの1人ってこと? 初耳なんだけど」
「そうね。アドリアンは3回目のループの夫よ。あなたに話すと、面白がって言いふらしそうだったから、わざと話さなかったの」
「信用ないなぁ。それで、4回目の結婚相手がこの人?」
「ええ」
アドリアンはフェリクスの前へ歩み出る。
「初めまして。俺は、タリアナの元夫のアドリアン・ベルモンドだ」
「ああ……誰かと思えば、ベルモンド王国のアドリアン殿下でしたか。いつかお会いしたいと思っていたんです。もしかして、あなたもタリアナに会いにここへ? 私はタリアナの夫のフェリクス・ローゼンです」
「夫じゃなくて元夫だろ。まさか、ローゼン国の王太子との初対面がこんな形になるなんてな。それにしても、タリアナは2回も王子と結婚していたんだな?」
「実は……1回目はヴァロアの第1王子、2回目は第2王子と結婚してたから……全部で4回なの」
「……王子にモテすぎだろ。いや、タリアナが王子好きなのか?」
「そんなわけないわ。確かにリシャールの時は『王子様』ってだけで胸がときめいたけど、アドリアンもフェリクスも、素性を知らずに知り合ったんだから。王子の妃なんて大変なだけだし、もうこりごり。そんなことより、フェリクスはどうしてここに?」
「いつだったか……君が過去に戻ったように、私も戻れるものなら、山で遭難して亡くなった友人を救ってやりたいと話しただろう?」
「あっ……!」
「過去に戻った時、本当はすぐに彼を探しに行きたかった。でも国を離れられなくてね……。だけど、タリアナも同じように過去へ戻っているなら、彼を助けてくれているかもしれないと思ったんだ」
「確かにそんな話をしてたね。すっかり忘れてたわ。どうしてフェリクスは、わたしが彼を助けに行くと思ったの?」
「だって……タリアナは困っている人を放っておけないだろう? それに私にとって君は、ヒーロー……いや、女神だからね。私が酒を飲んで暴れた時も、必ず鉄拳を食らわせてくれただろ? 飛び蹴りされたこともあったよね」
「それじゃ、なんだかただの暴力女みたいじゃない。どこが女神なのよ」
「君がいなければ、あの頃の私はアルコール依存から抜け出せなかった。酔って周囲に暴力を振るっていたことにも気付けなかっただろう」
「……そう。今は飲みたいとは思わない?」
「ああ。実は、依存するほど飲み始めたきっかけは、この山で友人を亡くしたことだったんだ。自分がもっと早く知っていれば、何かできたかもしれないと思うと悔しくてね。でも……知っていたところで未来は変えられなかった。私は無力なんだと思い知ったよ。今回は酒に逃げるつもりはない」
「フェリクスのお友達、助けてあげたかったな。本当にもう見つけられないの?」
「うん。行方不明になってから10日以上経っているようだし、直接の死因も山で猛獣に襲われたことだったはずだから……生きて見つけるのは難しいだろうね」
「……あれ?」
タリアナはふと首を傾げた。
「ねえ、フェリクスの亡くなった友人って、もしかして……」
そう言って振り返り、ルシアンをじっと見つめる。
ルシアンは気まずそうに視線を逸らした。
その瞬間、フェリクスもルシアンの存在に気付き、目を大きく見開く。
「ル、ルシアン! 助かっていたのか…… 」
今まで気配を消していたルシアンは、観念したように立ち上がった。
フェリクスは涙を浮かべながら駆け寄り、ルシアンを強く抱きしめる。
「良かった……本当に、良かった……!」
ルシアンは少し恥ずかしそうに、フェリクスの耳元で囁いた。
「フェリクス、心配かけたな。俺は、死にかけていたが、タリアナに救われたんだ」
「本当に、タリアナがやってくれたんだな……」
「ああ。それで……フェリクスに1つだけ頼みがあるんだが……」
「なんだ? 言ってみて」
「実は……タリアナには、俺が皇太子であることを伝えていないんだ。ただの旅人だと思っている。今はまだ……内緒にしておきたい。協力してくれ」
「なぜ隠す? もしかして、彼女のことが……」
2人は、タリアナが不思議そうにこちらを見つめていることに気付き、慌てて1歩離れた。




