リシャール
リシャール・ヴァロワ。
タリアナにキスをして呪いを解いた王子様。
初めて好きになり、初めて幻滅したーー1回目の人生の結婚相手。
……その彼が、今、目の前にいる。
今回はうまく逃げられると思っていたのに。
「タリアナ姫。古城から急にいなくなって、本当に驚いたよ。捜索していたら、漁村で『ドレス姿の少女が山へ入っていくのを見た』という証言を聞いてね。まさかと思って来てみたら……こうして会えた」
リシャールは安堵したように微笑む。
「目覚めたばかりで混乱していたのかい? とにかく無事で良かった。さあ、一緒に帰ろう」
「……何を言われているのか、さっぱり分かりません。人違いです」
タリアナは視線を逸らした。
「とぼけているのかい? 俺が運命の相手を見間違えるはずがないだろう。戻ったらすぐ結婚しよう。王太子妃の座は、君のためにちゃんと空けてある」
「おかしなことを言わないでください。……わたしは、あなたとは初対面です」
「初対面? 俺たちは熱い口づけを交わした仲じゃないか」
「なっ……あれは、あなたが勝手に!」
「やっぱり、気付いていたんじゃないか」
「……それでも、ほぼ初対面には変わりないでしょう? わたしが求婚される理由が分かりません」
「気に入ったという理由だけでは不足か?」
リシャールは穏やかな口調のまま続ける。
「そもそも……100年の眠りについた姫の話は、王家に代々伝承されてきたんだ。100年後の王子が、彼女を目覚めさせて幸せにするという約束と一緒にね」
「誰がそんな約束を……」
「当時の国王と君のご両親だよ。残していく娘のことが心配だったんじゃないかな。……とはいえ、俺は、そんな伝承なんて信じていなかったんだ。古城で眠る美しい君を見るまではね。伝承が本当だった以上、俺には君を幸せにする責任がある」
「そんな過去の約束なんて気にしないでください。わたしは、あなたがいなくても幸せになれます」
「それだけが理由じゃない。……これは誰にも話したことはなかったんだが、俺は、数年前から夢の中で何度も君に会っている」
「え? どういうこと?」
「夢の中の俺たちは愛し合っていた」
その言葉を聞き、タリアナは思わず眉をひそめる。
リシャールは、懐かしい思い出を語るように続ける。
「夢の中の俺には妃も愛人もいた。それでも、本当に欲しかったのはタリアナだけだった。嫉妬した妃がタリアナを殺そうとした時も、俺は妃を処刑してタリアナを守った。それなのに……夢の中のタリアナは感謝するどころか、愛してくれなくなった。気を引こうと愛人たちを側に置いても、冷たくなるばかりだった」
リシャールは寂しそうに肩をすくめ、タリアナの目を真っ直ぐに見つめた。
「ーー俺は、夢の中のタリアナが忘れられず、現実の愛人たちと手を切ったんだ。公爵令嬢との縁談も受け入れていない。古城の眠り姫が、夢で愛し合ったタリアナだと気が付いた時、これは運命だと確信したんだ。あの夢は、君と障害なく結ばれるために神が見せてくれた奇跡に違いない」
「……はぁ?」
あまりにも自分勝手な解釈に、タリアナは呆れた声を漏らした。
その隣で、ルシアンは繋いだ手にそっと力を込める。
リシャールの視線が、その手へ向いた。
「……それで、その男は誰だ? なぜ君と手を繋いでいる?」
そして、ルシアンの顔をじっと見つめて首を傾げる。
「おや……どこかで見覚えのある顔だな」
正体をばらされるわけにはいかない。
ルシアンは平静を装って即座に答える。
「人違いですよ。私は、ただの旅人です」
「ふん。ただの旅人が、なぜ彼女と一緒に?」
答えに詰まったルシアンの代わりに、タリアナが口を開く。
「彼とは、この山で知り合って一緒に旅をしているの。リシャール殿下。あなたが何を言おうとも、わたしは王太子妃になる気は──」
「ちょっと待ってくれ!」
その言葉を遮ったのは、リシャールの後ろから飛び出してきた第二王子エドガーだった。
「エドガー……」
思わず漏れたタリアナの声を、彼は聞き逃さなかった。
「タリアナ! 君は僕のことを知っているんだね!」
ぱっと顔を輝かせ、エドガーはタリアナの前に駆け寄った。
「やっぱり、君の運命の相手は僕なんだ!」
そう言うと、ルシアンを睨みつけ、2人を強引に引き離した。
タリアナとルシアンは一瞬だけ目を合わせ、
……思わず同時にため息をついた。




