国境
目を開いたタリアナは、自分がルシアンの腕枕で眠っていたことに気づき、慌てて身を起こした。
「ごめん、ルシアン! わたし、いつの間にか寝ちゃってたみたい。重かったよね?」
「いや、重くはないよ。よく眠れたか?」
「うん! ……もしかして、ルシアンは眠れなかった?」
顔を覗き込まれ、ルシアンは思わず視線を逸らす。
「いや、大丈夫だ。それより……雨が上がって良かったな」
昨夜の豪雨が嘘のように、空は澄み渡る青空だった。心地よい風が洞穴の奥まで吹き込み、朝のひんやりとした空気を運んでくる。
「そうだね。今日中には山頂を越えられそう。いよいよモンテール帝国かぁ。……とりあえず、濡れた服を乾かして、水を汲んで、ハーブティーを淹れて……朝食にしようか」
タリアナは、いつものように手際よく朝の支度を始める。ルシアンも自然と手伝い始めた。
薪を拾い集めながら、ルシアンが口を開く。
「タリアナは……モンテール帝国に行ったら、仕事を探すつもりなのか?」
「まあ、働かなかったら生きていけないからね。何ができるかはわからないけど……」
「前のループでは、仕事はしていなかったんだろ?」
「うん。4回とも、すぐに結婚しちゃったからね。王宮の執務を手伝うことはあったけど、外で働いたことはないわ。でも……大丈夫よ。力仕事だって汚れ仕事だって、何でもできるもの」
「……何だか心配だな。もし、仕事も住む場所も見つからなかったら、俺と一緒に……」
一緒に住もう
言いかけたその言葉は、喉に引っかかって出てこなかった。
タリアナは少し首を傾げたあと、柔らかく微笑んだ。
「見つからなかったら、ルシアンが、一緒に仕事や住む場所を見つけてくれるのね? それは助かる。でも今回は、なるべく他人に人生を委ねずに生きてみたいから……まずは一人で探してみるわ」
「あ、ああ」
「ルシアンは、わたしのことより自分のことを考えてね。みんな心配してるだろうから、なるべく早く帰らなくちゃ」
出発の準備を終えた2人は、再び山道を歩き始める。
険しい坂を登り続けるうちに、山頂が見えてきた。
「あと少し……」
先に頂へたどり着いたタリアナは、思わず息を呑んだ。
眼下には、美しいモンテール帝国の街並みが広がっている。
「ここから先は、モンテール帝国だ」
ルシアンがタリアナの隣に並ぶ。
「綺麗な街ね。ルシアンが住んでいる場所は、どの辺なの?」
「俺は……帝都に住んでいる」
指差した先には、皇居が建つ街の中心部が見える。
「それじゃあ、帝都までは一緒に行けるのね。その前に、ルシアンを探している仲間と会えるかもしれないけど……そしたら、一旦お別れだね……」
タリアナの横顔は、どこか不安気だ。
「……この先は道がぬかるんでいるからな」
そう言って、ルシアンはそっとタリアナの手を握る。
タリアナは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、何も言わず優しく握り返した。
2人は手をつないだまま山を下っていく。
しばらく歩くと、遠くの山道に10人ほどの人影が見えた。
「あれは……もしかして、ルシアンを探している仲間かしら?」
「いや……俺の仲間じゃない」
人影は一直線にこちらへ向かってくる。
やがて先頭を歩く男の顔がはっきりと見えた瞬間、タリアナの肩がピクリと動いた。
「……リシャール!」
男はゆっくりと口元を緩める。
「ようやく見つけたよ。俺のタリアナ姫……」




