洞穴
洞穴は思ったよりも入り組んでいて、平らな場所は2人がようやく横になれるほどの広さしかなかった。
全身ずぶ濡れになった2人は、荷物の中からかろうじて無事だった衣服を取り出し、背中合わせに着替えを済ませる。
「着替え終わったか?」
ルシアンは、山賊のハルクからもらったランプに火を灯しながら声をかけた。
「うん、終わったよ。雨、酷くなったね……」
日が沈み、山はすっかり闇に包まれていた。
横殴りの雨が激しく洞穴の入口を叩き、ときおり稲妻が夜空を白く照らす。
ルシアンは、登山服から薄いワンピースに着替えたタリアナへ目を向けた。
「タリアナ、寒いか?」
「ううん、平気」
「でも、震えてるじゃないか……」
そう言って、自分の上着を脱ぎ、そっとタリアナの肩へ掛ける。
「寒いわけじゃないんだけど……きゃっ!」
大きな雷鳴が轟き、タリアナは思わずルシアンにしがみついた。
「雷が苦手なのか?」
ルシアンは包み込むように抱き寄せ、優しく背中を叩く。
「うん。遠くで鳴ってるだけなら平気なんだけど、近くで聞こえると怖くなっちゃうの。小さい頃は、夜に雷が鳴ると、お母さまに抱きしめてもらわないと眠れなかったわ」
タリアナは少し目を細め、懐かしそうに続けた。
「……多分、前世のわたしも雷は大嫌いだったんだと思う。今みたいな雷雨の時は、いつも誰かが側にいてくれた記憶があるの。曖昧だけど、両親でも弟でもない、背が高くて甘い匂いがする人……。こんなふうに優しく背中を叩いてくれてた。ルシアンは、あの人と同じ甘い匂いがするわ……」
そう言うと、タリアナはルシアンの胸へ顔を埋め、大きく息を吸った。
震えは少しずつ収まっていく。
一方のルシアンは、高鳴る鼓動を悟られまいと必死に平静を装っていた。
「タリアナにも怖いものがあったんだな。無敵かと思ってた」
「……怖いものぐらいあるよ。大きな虫も苦手だし、皮肉ばかり言ってくる人も苦手。大切な人に裏切られたり、突然いなくなったりするのも怖いわ……。ルシアンは?」
「俺も皮肉っぽいやつは苦手だな。子どもの頃、弟の世話係が毎日嫌味ばかり言ってきて……平気なふりをしていたけど、本当は嫌だった」
少し視線を落とし、静かに続ける。
「人混みも得意じゃない。でも……今は、深い山で一人きりになることが一番怖いかな」
「一週間も遭難していたんだもんね……怖かったね」
「ああ。でも、そのおかげでタリアナに出会えた」
「うん……ルシアンに会えてよかった……」
そう言って微笑んだ後、タリアナは小さく欠伸をした。
「……なんだか、眠くなってきちゃった」
ルシアンは荷物からタオルを取り出して地面へ敷くと、タリアナを起こさないようそっと身体を横たえた。
タリアナは安心しきったようにルシアンの腕へ頬を預け、小さな寝息を立て始めた。
――世界最大の国、モンテール帝国の皇太子であるルシアンのところには、これまで数え切れないほどの縁談が持ち込まれてきた。
個人的に言い寄ってくる令嬢も少なくない。
だが、誰一人として、生涯を共にしたいと思える女性はいなかった。
あれこれ理由をつけて先延ばしにしてきたが、国へ戻れば、本格的に婚約者を決める話が始まることになっている。
もし……タリアナに婚約者になってほしいと伝えたら、どんな顔をするだろう。
女性として好きだと伝えたら、どんな返事が聞けるだろう。
俺が皇太子だと知ったら、王子は嫌だと言って逃げてしまうだろうか。
出会ってまだ、たったの4日しか経っていない。
それなのに……もうタリアナ以外の女性と未来を歩むことなど考えられなくなっている。
過去のループでタリアナと出会った王子たちも、同じ気持ちだったのだろうか。
「……無防備すぎるだろ」
腕の中で眠るタリアナを見つめながら、ルシアンは小さく苦笑する。
結局、その夜は一睡もできないまま朝を迎えた。




