急接近
山賊の住処を離れ、2人は険しい山道を登り続けた。
昨日よりもルシアンの足取りが軽いのは、重かった荷物がずいぶん減ったからだ。
石でできた調理器具や食器は、フュードが街へ行った時に買ってきた軽い既製品と交換した。
かさばっていた100年前のドレスはツユに譲り、その代わりに動きやすい登山服とワンピースをもらった。
「あのドレス、本当に手放して良かったのか? 大事な物だったんだろ?」
「確かに両親が買ってくれた物だし、売ればそれなりのお金になったかもしれないけど……なくても全然困らないよ。ツユが喜んでくれたし、動きやすい服と靴まで貰えたんだから最高だわ。それにフュードが保存食もたくさん分けてくれたの。おかげで食材を探す心配もしなくて済みそう!」
「そっか……思っていたより早く山を越えられそうだな」
深い山の中では、ときどき小さな野生動物とすれ違ったが、人の姿はまったく見えなかった。
2人はくだらない話で笑い合ったり、大声で歌を歌ったりしながら、山道を進んでいく。
やがて日が傾き始めたので、少し開けた場所を見つけて野営の準備を始めた。
協力して木材を集め、簡単な小屋を2つ作る。
火を起こして焚き火を囲む頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
タリアナは温かいハーブティーを淹れ、保存食と一緒に即席のテーブルへ並べる。
それから、切り株に腰掛けるルシアンの隣へ座り、嬉しそうに微笑んだ。
「なんだかご機嫌だな」
ルシアンも少し照れながら笑う。
「だって、楽しいんだもん。今日1日で、わたしたち結構仲良くなれたよね!」
「そ、そうだな。でもタリアナなら、誰とでもすぐ仲良くなれるだろ? 山賊たちとも、あっという間に打ち解けてたし」
「まあ、それはそうかも。昨日の宴会、楽しかったなぁ。久しぶりにお酒をたくさん飲んじゃった」
「タリアナは酒に強いんだな。全然酔っていなかったし。……俺より年下なんだよな?」
「ルシアンって何歳なの?」
「先月20歳になった」
「あら、意外と若いのね。落ち着いた雰囲気だから、もっと年上かと思ってた。わたしが生まれたのは今から116年前だから……116歳? ……考えてみたら、わたしの方がずっと年上だったわ」
「100年間眠っていたんだろ? だったら16歳のままでいいんじゃないか?」
「そうかな? でも過去のループで10年分多く生きてるから、精神年齢なら26歳くらい? フュードは15年分ループしてたから31歳って言ってたわ」
「タリアナもフュードも身体は16歳か……弟と同い年なんだな」
「ルシアンには弟がいるのね。ご両親と4人家族?」
「あ、ああ……」
「……ごめん。素性はあまり詮索されたくないんだったね。あ、でも1つだけ聞いてもいい?」
「何だ?」
「結婚はしてる?」
「いや。結婚もしていないし、婚約者も恋人もいない」
「本当? 良かった〜」
「え? ど、どうして……?」
「だって、奥様や婚約者がいたら、こうやってルシアンと2人きりで過ごすのは良くないことでしょ。嫉妬されて殺されそうになるのは、もうこりごりだもの」
「ああ……最初のループで、リシャール王子の妃に殺されかけたって言ってたな」
「ええ。しかも2回目のループでは弟のエドガーと結婚したのに、リシャールがわたしの部屋の前をうろついて何度もしつこく迫ってきてたってだけで、誤解されて毒を盛られたのよ。あり得ないでしょ?」
「リシャール王子の妃か……名前は分かるか?」
「ええ。マーレット様よ。どうして?」
「……俺が知っているリシャール王子は、まだ独身のはずだ。マーレット公爵令嬢は婚約者候補ではあるが……」
「そうなの? どうしてなんだろう……」
少し考え込んだあと、ルシアンは静かに尋ねた。
「タリアナは……リシャール王子が独身だったら、また結婚したいと思うか?」
「まさか! あいつが女好きなのは変わらないでしょ? それに王室って意外と大変なんだもの。今回は王子なんかとは一緒にならないわ!」
「俺は……いや、何でもない」
何かを言いかけて口を閉ざしたルシアンを見て、タリアナは慌てて話題を変えた。
「ねえ、ルシアン。今日は星がとっても綺麗! 明日も晴れるかなぁ」
「ああ、そうだな。すごく綺麗だ」
「星は100年前と変わらないのね。……あ!流れ星」
「……おい、そんなに反り返ったら――」
空を見上げていたタリアナの身体が、ぐらりと傾く。
ルシアンは咄嗟に肩を支えようと身を乗り出す。
しかし、切り株は思った以上に狭く、2人そろってバランスを崩してしまった。
「うわっ……!」
次の瞬間、2人はもつれ合うように地面へ倒れ込んだ。
気がつけば、ルシアンはタリアナに覆いかぶさるような格好になっていた。
唇が触れそうなほど近くに、タリアナの顔がある。
互いの息遣いだけが静かに聞こえ、2人とも動けなかった。
ルシアンの鼓動は早鐘のように鳴り響き、思考は真っ白になる。
やがて月明かりに照らされたタリアナの頬が赤く染まっていることに気づき、ルシアンは我に返った。
「悪い……!」
慌てて顔を離して、タリアナを抱き起こす。
「ううん。こっちこそ、ごめんね」
気まずい空気を誤魔化すように、2人はくだらない話を続けながら食事を済ませ、少し早く眠りについた。
次の朝は、一緒に沸き水を汲みに行ってお風呂を作り、一緒に木の実やキノコを採ってスープを作った。
ルシアンは、嬉しいような気恥ずかしいようなふわふわした感情で、普段ならすることがなかった経験に挑戦している。
タリアナのサバイバル知識と技術は、到底真似できるレベルではなかったけれど、手伝うたびに見られる笑顔が信じられないほど可愛くて、この時間がずっと続いてくれたらいいのに……と思わずにはいられなかった。
この日は山頂近くまで登った。
2人並んで沈む夕日を眺めていると、急に雲行きが怪しくなってきた。
「あ、なんか雨が降りそう」
「そうだな」
ルシアンが返事をしたその瞬間、雷が音をたてて光り、大きな雨粒が落ち始めた。
「今日は野営は無理そうね。どこか、雨宿りできそうな場所は……」
「あそこに洞穴がある」
ルシアンが指を差した時、再び大きな雷鳴が鳴り響いた。
「あ!」
驚いたタリアナが思わずルシアンの腕を掴む。
「急ごう」
ルシアンはその手を握り返し、そのまま洞穴まで走った。




