漁村
タリアナは、走った。
寝起きの身体を酷使して、猛スピードで森を走り抜けた。
逃亡成功!
ふふん。今頃、リシャールは消えた眠り姫に気づいて慌てているでしょうね。
辿り着いたのは、ある漁村。
前回の逃亡では、ここから船に乗って海の向こうへ渡った。
前々回の逃亡では、ここから馬車に乗って隣国に向かった。
今回は、どうしようかな。
……おっと、その前に。
タリアナは、キョロキョロと港を見渡す。
「あ、いた!」
見つけたのは、5歳ぐらいの男の子。
港の岸壁にある柵に登って遊んでいる。
あの柵はまもなく壊れ、男の子は海に落ちて溺れてしまう。
ーー
前々回、ここへ来た時。
男の子は死にかけていた。集まってきた村民たちがざわめいていて、ずぶ濡れの父親がその真ん中で必死に男の子の名前を叫んでいた。
「トム!トム!目を覚ましてくれ!」
救命処置!という言葉が頭をよぎったタリアナは、迷わず人混みをかきわけた。
「どいて、どいて!」
古風なドレスを着た少女の登場に、全員が戸惑っていたが、息せき切ってトムの側に駆け寄る彼女を、止めるものなどいなかった。
タリアナはトムの肩を叩いて耳元で呼びかけ、呼吸と脈がないことを確認し、直ちに人口呼吸と心臓マッサージを行った。
その甲斐あって、あの日のトムは息を吹き返した。
トムの家族は、恩人のタリアナにお礼をと、馬車で隣国まで連れて行ってくれた。
ーー
前回ここに到着したのは、トムが海に落ちた直後だった。
タリアナは、迷いなく海に飛び込んだ。
「トム! 今助けるから、落ち着いて待ってて」
そして、トムを抱えて地上に戻ってきたところに、慌てて父親が駆けよってきた。
すぐに胸に飛び込んだ息子を見て、父親は涙を流した。
トムの家族は、恩人のタリアナにお礼をと、船で海の向こうの小国まで連れて行ってくれた。
ーー
そして今回、トムはまだ海に落ちていない。
これは、タリアナの逃げ足が毎回少しずつ速くなっているからに他ならない。
「トム! 危ないから、柵から降りようね」
タリアナが、トムを優しく下ろした瞬間。
柵が壊れて海に流れていった。
トムはポカンとして、壊れた柵と見ず知らずのドレス姿のお姉さんを眺めていたが、遠くから自分を呼ぶ父親の声が聞こえると、頭を下げて去って行った。
離れていく小さな背中を見送りながら、タリアナは気がついた。
「あ! 今回はお礼をもらえないんだわ。まあ……でも、あの子が助かったんだから別にいっか!」
タリアナは、古いドレス以外は何も持たない逃亡中の元眠り姫。
「さあ、何をしようかな。今回は、いいことがありそうな気がするわ!」
不思議なぐらい前向きな笑顔を浮かべながら、ゆっくりと一歩踏み出した。




