第8話「結婚式の招待状」
ナオトは結局、ラーメンには行かなかった。
電話を切ったあと、
> 「今日はやめとく」
とだけ送った。
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すぐに既読が付く。
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ケンジ
> 珍しいな
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タカシ
> 熱でもあるんか?
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シンジ
> 勉強か?
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その後ろに笑いのスタンプが並ぶ。
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ナオトは返信しなかった。
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参考書を開く。
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しかし頭には内容が入らない。
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「珍しいな」
その一言が妙に引っかかっていた。
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勉強することが珍しい。
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予定を断ることが珍しい。
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三十五歳にもなって、
そんな状態なのか。
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ナオトは机から離れ、ベッドへ横になる。
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天井を見つめる。
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何かがおかしい。
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だが何がおかしいのか、
まだ言葉にできない。
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翌朝。
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会社へ行く準備をしていると、
郵便受けに一通の封筒が入っていた。
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白い封筒。
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厚みがある。
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差出人を見る。
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懐かしい名前だった。
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中村翔太。
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高校時代の同級生。
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ソールズのメンバーではない。
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卒業後、県外へ出た男だった。
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ナオトは封筒を開く。
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中には結婚式の招待状が入っていた。
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一瞬、時間が止まる。
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結婚。
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その二文字が妙に重い。
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ナオトは招待状を見つめる。
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日付。
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式場。
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新郎新婦の名前。
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そこには確かに、
同級生の人生が前へ進んでいる証拠があった。
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会社へ向かう車の中でも、
そのことが頭から離れない。
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昼休み。
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ナオトは食堂でその話をした。
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「翔太、結婚するらしい」
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シンジが顔を上げる。
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「あいつか」
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タカシも聞く。
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「県外行ったやつやろ」
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ナオトは頷く。
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ケンジが笑う。
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「おめでたいやん」
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しかしその笑顔は少し硬かった。
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タカシが続ける。
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「何歳やったっけ」
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「三十五」
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沈黙。
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全員同じ年齢だった。
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シンジが苦笑する。
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「まぁ普通やな」
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普通。
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その言葉が妙に重い。
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結婚している三十五歳。
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家庭がある三十五歳。
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子供がいる三十五歳。
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それは世間では珍しくない。
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むしろ普通だ。
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だが河合町ソールズでは違った。
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十人近くいて、
誰も結婚していない。
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彼女すらいない者も多い。
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その事実を、
今まで誰も正面から見ようとしなかった。
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ケンジがビールの話題に変えようとする。
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「まぁ結婚なんかしたら自由なくなるやろ」
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タカシが笑う。
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「そうそう」
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ユウスケも頷く。
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しかし声に力がない。
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誰も本気でそう思っていない。
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ナオトには分かった。
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皆、
羨ましいのだ。
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認めないだけで。
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仕事帰り。
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ナオトはコンビニに寄る。
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レジ前に若い夫婦がいた。
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小さな子供を連れている。
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父親が子供を抱き上げる。
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母親が笑う。
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何気ない光景。
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それなのに胸が少し痛む。
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ナオトは目を逸らした。
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帰宅後。
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机の上に招待状を置く。
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白い封筒がやけに目立つ。
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それは単なる紙ではなかった。
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十五年間の差だった。
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努力した人間。
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挑戦した人間。
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地元を出た人間。
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変わった人間。
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その結果がそこにあった。
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一方で自分はどうだろう。
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金曜は飲む。
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土曜はパチンコ。
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日曜は二日酔い。
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月曜は仕事。
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そしてまた金曜。
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気付けば一年。
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気付けば五年。
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気付けば十五年。
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ナオトは招待状を見ながら思う。
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もし自分が違う選択をしていたら。
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もしあの時、
資格を取っていたら。
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もしあの時、
転職していたら。
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もしあの時、
地元を出ていたら。
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そんな「もし」が頭をよぎる。
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しかし人生は戻らない。
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時計を見る。
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午後九時。
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スマホが鳴る。
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河合町ソールズのグループチャット。
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ケンジ
> 金曜どうする?
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タカシ
> いつものやろ
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シンジ
> いつもの
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ユウスケ
> 了解
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アキラ
> 行く
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ナオトは画面を見つめる。
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机には招待状。
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その隣には資格の本。
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そしてスマホ。
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三つの未来が並んでいるように見えた。
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だがナオトはまだ、
どれを選ぶべきか分からなかった。
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第9話「酒太り」へ続く。




