第69話「変化の兆し」
四月。
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桜は散り始めていた。
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満開のピークを過ぎた街は、
どこか落ち着いて見えた。
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マサルは職場で新しい業務を任されていた。
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大きな変化ではない。
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ただの小さな役割追加。
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それでも“信頼の増加”だった。
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義足の生活は安定している。
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だが、ふとした瞬間にバランスが揺れる。
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そのわずかなズレが、
今の現実だった。
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シンジは通院の中で、
数値にわずかな改善を見せていた。
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医師は珍しく少しだけ言葉を変える。
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「悪化は止まっています」
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それは“維持”より少し上の言葉だった。
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希望と呼ぶには弱い。
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しかし無視できない変化だった。
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アキラは職場で後輩から相談を受ける回数が増えた。
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かつての自分ではなく、
今の自分が役に立っている実感。
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それが少しだけ自信になる。
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ユウスケは身体のコンディションに変化を感じていた。
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重量は維持したまま、
回復力が上がっている。
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トレーニングの質が変わってきている。
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ナオトはそれを静かに見ている。
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口数は変わらない。
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だが視線は少しだけ柔らかい。
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夜。
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喫茶店。
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いつもの場所。
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空気は軽い。
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マサルが言う。
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「なんか、少しだけ楽になってきた気がする」
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アキラが頷く。
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「分かるわ、それ」
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ユウスケが続ける。
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「気のせいちゃうやろ」
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シンジは少し間を置いて言う。
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「でも油断したら戻るで」
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その言葉は警告ではない。
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経験だった。
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ナオトが言う。
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「変化ってな」
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「いきなり来るもんやなくて」
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「気づいたらそこにあるもんや」
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その言葉で全員が少し黙る。
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外では夜風。
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春の終わりの匂い。
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マサルは帰り道で足取りを意識しない。
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シンジは薬の時間を確認するが、
以前ほど強迫的ではない。
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アキラは明日の仕事を自然に思い出す。
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ユウスケは食事を特別に制限しない。
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それぞれの“微細な変化”。
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劇的ではない。
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だが確かにある。
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ナオトはそれを見て思う。
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「崩れる前兆も、よくなる前兆も、見た目は同じやな」
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そして物語は、
次の段階――“選別”へと進む。
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第70話「選別」へ続く。




