第63話「記憶」
十一月。
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空気が一段と乾いていた。
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夕暮れが早い。
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その分だけ、
考える時間が長くなる。
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マサルは帰宅後、
ふと立ち止まる癖がついていた。
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玄関。
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鍵。
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靴。
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その一瞬の間に、
昔の映像がよみがえる。
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事故の直前ではない。
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もっと前の時間。
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まだ身体が壊れていなかった頃。
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仲間と走った帰り道。
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笑いながらの飲み会。
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何も考えなかった夜。
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それが今では、
“遠い別人の人生”のように感じられる。
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シンジは通院の帰り、
駅のホームで立ち止まることが増えていた。
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電車を待つ時間。
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人の流れ。
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その中にいると、
ふと昔の自分が混ざる。
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まだ飲めていた頃。
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まだ壊れていない頃。
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しかしそれは錯覚に近い。
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戻れない場所。
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アキラは職場で昔の資料整理をしていた。
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過去のプロジェクトファイル。
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若い頃の失敗。
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その一つ一つが、
今の自分を作っている。
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消したいものではない。
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だが見続けるのは少し苦しい。
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ユウスケはジムの帰り道、
鏡に映った自分を思い出す。
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変わった身体。
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だが頭の中の自分はまだ昔のまま。
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そのズレが時々痛む。
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ナオトは全員の“変化”を静かに見ていた。
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過去を消そうとする者はいない。
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むしろ、
過去を抱えたまま進んでいる。
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夜。
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小さな喫茶店。
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会話は少ない。
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しかし沈黙は落ち着いている。
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マサルが言う。
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「俺な、たまに夢見るねん」
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「事故の前の日とか」
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シンジが頷く。
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「俺もある」
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アキラも小さく言う。
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「俺は戻ってやり直してる夢やな」
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ユウスケは少し笑う。
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「俺はまだ元気な頃の身体や」
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それぞれ違う“過去”。
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しかし共通している。
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そこには戻れない。
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ナオトが言う。
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「記憶は消えへん」
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「でもそれは荷物やなくて履歴や」
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「背負うもんやなくて、持ってるもんや」
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誰も反論しない。
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理解しているからだ。
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外では冬の気配。
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風が冷たい。
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マサルはゆっくり歩く。
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義足はもう一部になっている。
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シンジは薬の時間を確認する。
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アキラは明日の仕事を思い出す。
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ユウスケは食事メニューを考える。
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それぞれの“今”。
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そこに過去はある。
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だが支配はしていない。
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ナオトは最後に一言だけ言う。
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「忘れんでええ」
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「でも止まらんでええ」
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その言葉が静かに残る。
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そして物語は、
次の段階へ進む。
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それは「選択の再確認」。
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人生の分岐ではなく、
積み重ねの確認だった。
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第64話「選択」へ続く。




