第61話「静かな延長」
九月。
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夏の熱は少しずつ引いていた。
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だが“彼らの時間”はまだ続いている。
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マサルは職場に完全に定着していた。
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最初の頃の緊張は薄れ、
義足での動作も日常化していた。
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周囲の扱いも変わった。
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特別ではなく、
“同じ一員”として見られるようになった。
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その変化が、
逆に現実だった。
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シンジは通院を続けながら生活リズムを整えていた。
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朝起きる。
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食事。
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服薬。
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通院。
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その繰り返し。
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単調だが崩れにくい生活。
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それが今の彼には必要だった。
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アキラは職場で中堅として扱われ始めていた。
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指示を受ける側から、
少しずつ出す側へ。
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責任の重さは増えていた。
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だが逃げなかった。
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ユウスケは大会後もトレーニングを継続していた。
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結果よりも、
習慣が残ったことが大きかった。
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身体は変わり続けている。
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ナオトは相変わらず中心にいない。
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だが全員と繋がっている。
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必要なときだけ現れる。
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夜。
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小さな喫茶店。
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いつもの席。
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会話は少ない。
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しかし沈黙は重くない。
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マサルが言う。
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「普通って、こんな感じなんやな」
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アキラが笑う。
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「前は普通やなかったもんな」
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ユウスケが頷く。
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「今の方が落ち着くわ」
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シンジは少し間を置いて言う。
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「油断したら崩れるけどな」
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その言葉に全員が軽く笑う。
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現実を知っているからこそ出る笑いだった。
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ナオトが言う。
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「崩れる可能性がある状態で続いてるのが、今や」
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「それでええやろ」
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外は静かな雨。
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小さく降っている。
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マサルは窓を見る。
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義足に違和感はない。
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だが完全な自分でもない。
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その曖昧さが現実だった。
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シンジは薬の時間を気にしている。
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アキラは翌日の資料を思い出している。
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ユウスケは食事内容を考えている。
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それぞれの生活が、
小さく結びついている。
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依存でもなく、
崩壊でもなく、
安定でもない。
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ただの“継続”。
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ナオトは最後に言う。
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「昔のことは消えへん」
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「でも今は今や」
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誰も否定しない。
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それは事実だからだ。
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帰り道。
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それぞれの方向へ。
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同じ場所から出て、
違う場所へ向かう。
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しかし完全には離れない。
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見えない距離で繋がったまま。
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そして彼らの物語は、
“静かな延長”として続いていく。
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第62話「生活」へ続く。




