第57話「残響」
五月。
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新緑が濃くなっていた。
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街は静かに季節を進めている。
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しかし彼らの中では、
まだ過去が鳴り続けていた。
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それぞれの生活は安定し始めていた。
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だが完全には消えていない。
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残響のように、
小さく、しかし確実に残っている。
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マサルはリハビリの帰り道だった。
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歩く速度は以前より安定している。
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義足の違和感も減ってきた。
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しかし夜になると、
失った足の“感覚”が戻ることがある。
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存在しないはずの痛み。
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それが残響だった。
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病院での記憶。
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同意書。
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手術室の天井。
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全部がまだ体の奥に残っている。
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シンジは通院の合間、
外出許可を得ていた。
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短い散歩。
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公園。
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ベンチ。
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酒は飲んでいない。
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だが油断すると揺らぐ。
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一瞬の匂い。
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コンビニの前。
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そのたびに過去が戻る。
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それも残響だった。
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アキラは職場で少しずつ責任を任され始めていた。
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しかしふとした瞬間に思う。
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「遅かったのではないか」
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その疑念。
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それもまた残響。
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ユウスケは鏡の前に立つ。
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体は変わった。
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しかし過去の自分がまだそこにいる気がする。
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それを消すことはできない。
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ナオトはそれら全てを見ている。
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何も言わない。
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ただ記録するように見守る。
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夜。
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小さな集まり。
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喫茶店。
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以前よりさらに静か。
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誰も大きな声を出さない。
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マサルが言う。
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「最近、夢見るねん」
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「昔のままの足で走ってる夢」
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少し笑う。
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だが笑いきれない。
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ユウスケが頷く。
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「俺もあるわ」
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「戻ってる夢」
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アキラは黙って聞いている。
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シンジは少し考えて言う。
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「それ、たぶん一生消えへんやつやな」
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誰も否定しない。
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それが真実に近いからだ。
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ナオトが言う。
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「消そうとせんでええやろ」
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「残ったまま進めばええ」
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その言葉が少しだけ空気を変える。
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完全な解決ではない。
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だが方向はある。
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帰り道。
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夜風。
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静かな住宅街。
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マサルはゆっくり歩く。
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足音は二つ。
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しかし体は一つ。
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それが現実だった。
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遠くで電車の音がする。
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それは過去と未来を分けるように流れていく。
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誰も止められない。
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それでも彼らは歩いている。
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残響を抱えたまま。
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そして次の章では、
それぞれの「選択」が、
より明確な形を持ち始める。
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それは回復か、
それとも再崩壊か。
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まだ誰も知らない。
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第58話「分岐」へ続く。




