第56話「それぞれの春」
四月。
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桜が咲き始めていた。
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満開ではない。
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それでも確かに春だった。
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マサルは新しいリハビリ施設に通い始めていた。
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以前より負荷は高い。
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歩行距離。
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階段訓練。
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義足の調整。
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汗がにじむ。
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何度も転びそうになる。
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それでも続ける。
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理由は単純だった。
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「歩きたい」ではない。
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「戻りたい」でもない。
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ただ、
「止まりたくない」。
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それだけだった。
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同じ頃。
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シンジは退院に向けた最終調整に入っていた。
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肝硬変。
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依存症。
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完全な回復ではない。
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しかし状態は安定していた。
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医師は言う。
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「今の生活を維持できれば、時間は稼げます」
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時間。
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それが今の全てだった。
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アキラは新しい職場に慣れ始めていた。
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資格を活かした仕事。
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遅いスタート。
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だが確実な一歩。
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若い同僚の中で、
最初は浮いていた。
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しかし今は少しずつ馴染んでいる。
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ユウスケはジムで身体が変わり始めていた。
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体重は落ち、
筋肉がつき、
表情も少し変わった。
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鏡の前で立つ時間が増えた。
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以前は避けていた視線。
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今は向き合っている。
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ナオトは変わらない。
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ただ見守っている。
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連絡役。
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繋ぎ役。
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それが今の役割だった。
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夜。
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小さな集まり。
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喫茶店。
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また同じメンバーが集まる。
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以前のような騒がしさはない。
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代わりに静けさがある。
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マサルが言う。
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「俺、まだ走れんけど」
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「歩くのは慣れてきた」
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ユウスケが笑う。
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「十分やろ」
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アキラが続ける。
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「俺もまだ途中や」
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シンジは少しだけ笑う。
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「俺は毎日が勝負や」
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それぞれ違う“今”。
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だが重なっている。
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ナオトが言う。
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「昔は終わった」
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「でも今は続いてる」
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誰も否定しない。
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その通りだった。
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帰り道。
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桜の下。
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風が吹く。
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花びらが舞う。
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マサルは立ち止まる。
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義足に手を添える。
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空を見る。
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昔の自分がいた場所。
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そこには戻れない。
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だが、
今いる場所は悪くないと思えた。
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その頃。
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遠くで、
シンジの携帯が鳴る。
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医師からの確認連絡。
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「状態安定」
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短い一文。
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それだけで十分だった。
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春。
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それぞれの再生は、
まだ途中だった。
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完全な回復ではない。
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しかし崩壊でもない。
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その曖昧な場所で、
彼らは生きていた。
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そして物語は次へ進む。
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「過去」と「現在」が交差する、
最後の段階へ。
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第57話「残響」へ続く。




