第51話「余命」
十一月。
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冬の気配が強くなっていた。
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病院の廊下は静かだった。
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その静けさが、
かえって不安を増幅させる。
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シンジは検査室へ呼ばれていた。
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結果説明。
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その言葉だけで十分だった。
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もう何度も聞いてきた流れ。
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だが今回は違う。
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空気が重い。
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担当医は資料を机に置く。
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そして言う。
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「肝硬変です」
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シンジは動かない。
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知っていた。
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ある程度は覚悟していた。
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だが、
“確定”という言葉は別だった。
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医師は続ける。
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「かなり進行しています」
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「飲酒を続ければ、急激に悪化する可能性があります」
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「今の状態では、長期的な予後は厳しいです」
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予後。
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つまり未来。
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それが短いということ。
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シンジはようやく口を開く。
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「どれくらいですか」
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医師は少し間を置く。
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そして慎重に言う。
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「個人差はありますが」
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「年単位ではありません」
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静寂。
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音が消える。
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世界が遠くなる。
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年単位ではない。
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つまり、
遠い未来はない。
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シンジは笑いそうになる。
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しかし笑えなかった。
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現実だった。
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診察室を出る。
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廊下。
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足がふらつく。
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壁に手をつく。
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情けないと思う。
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だがそれすらどうでもよくなっていく。
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病室へ戻る。
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ベッドに座る。
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何もできない。
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何もしたくない。
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ただ時間が過ぎるのを待つだけ。
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夜。
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ナオトが来る。
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病室の空気で分かる。
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何かが決定的に変わった。
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シンジは言う。
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「肝硬変やって」
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ナオトは固まる。
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しばらく言葉が出ない。
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やっと口を開く。
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「……やばいな」
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それしか言えない。
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シンジは笑う。
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「もう終わりやろ」
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ナオトは首を振る。
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「終わりちゃう」
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「生きてるやん」
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その言葉は軽くない。
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しかし重くもあった。
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シンジは天井を見る。
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「生きてるだけや」
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「それ意味あるんか」
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ナオトは答えない。
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答えられない。
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正解がないからだ。
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その夜。
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シンジは初めて酒を飲まなかった。
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飲めなかった。
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身体が拒否していた。
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それでも頭の中には酒があった。
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逃げ場。
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現実からの唯一の出口。
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しかしその出口は、
すでに封じられつつあった。
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翌日。
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医師から再度説明。
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「今後、飲酒は完全に禁止です」
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「守れなければ命に関わります」
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命。
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その言葉が何度も出てくる。
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シンジは頷くしかなかった。
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守れるかどうかは別だった。
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依存は意思の問題ではない。
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身体の問題でもある。
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そして精神の問題でもある。
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三つが絡み合っている。
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夜。
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窓の外。
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冬の風。
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街は普通に動いている。
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誰も知らない。
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この部屋の中で、
一人の人生が終わりに向かっていることを。
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一方その頃。
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マサルは義足での歩行訓練を続けていた。
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転びながらも前へ進む。
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アキラは資格試験の直前だった。
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ユウスケはジムで汗を流していた。
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ケンジは刑務所で冬を迎えていた。
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タカシは服役生活に慣れ始めていた。
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それぞれの時間。
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それぞれの場所。
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しかし共通しているものがある。
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取り戻せない時間。
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そして、
取り戻そうとする意志。
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その差が未来を分けていく。
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そしてシンジには、
もう大きな選択肢は残されていなかった。
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次に待つのは、
最後の通告だった。
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第52話「最後通告」へ続く。




