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Forever Local」  作者: こうた
第五章「失われた時間」

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第46話「同意書」

七月。



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梅雨明け。



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病院の外では蝉が鳴いていた。



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夏だった。



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だがマサルには季節を感じる余裕がない。



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病室。



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ベッド。



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白い天井。



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見慣れた景色。



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入院して三か月。



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人生で最も長い三か月だった。



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検査。



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治療。



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薬。



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リハビリ。



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できる限りのことはした。



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本当にした。



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しかし、


病気は待ってくれなかった。



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午前。



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担当医から呼ばれる。



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診察室。



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いつもより人が多い。



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医師。



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看護師。



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別の専門医。



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嫌な予感しかしない。



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椅子に座る。



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医師は真剣だった。



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そして言う。



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「残念ですが」



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そこで言葉が止まる。



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マサルは続きを理解してしまう。



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聞きたくない。



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だが聞かなければならない。



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医師は続ける。



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「壊死が進行しています」



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静かな声。



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しかし重い。



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とても重い。



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「感染の危険があります」



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「このままでは命に関わります」



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命。



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その言葉で現実が変わる。



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足の問題ではない。



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生きるかどうかの問題になっていた。



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そして医師は机の上に書類を置く。



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同意書。



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手術同意書。



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切断手術。



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文字が目に入る。



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頭が真っ白になる。



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数秒。



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いや、


数分かもしれない。



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何も考えられない。



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医師は急かさない。



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ただ静かに説明する。



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命を守るため。



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感染拡大を防ぐため。



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今なら助かる可能性が高いこと。



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説明は理解できた。



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理屈では。



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しかし感情が追いつかない。



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足を失う。



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そんな現実を受け入れられる人間がいるだろうか。



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病室へ戻る。



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同意書を見つめる。



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何度も。



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何度も。



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涙が出る。



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四十歳にもなっていない。



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まだ三十七歳。



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それなのに。



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こんなことになるなんて。



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午後。



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ナオトが来る。



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見舞い。



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病室へ入った瞬間、


空気で分かった。



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何かあった。



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マサルは黙って同意書を渡す。



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ナオトは読む。



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そして言葉を失う。



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数秒。



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沈黙。



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長い沈黙。



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マサルが言う。



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「終わったな」



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ナオトは首を振る。



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「終わってへん」



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即答だった。



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マサルは笑う。



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力なく。



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「足なくなるんやぞ」



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「終わりやろ」



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ナオトは少し考える。



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そして言う。



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「死ぬよりええ」



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短い言葉だった。



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だがマサルの胸に残る。



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死ぬよりいい。



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その通りだった。



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医師も同じことを言っていた。



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家族も同じことを言っていた。



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だが仲間から聞くと違う。



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少しだけ。



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本当に少しだけ。



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前を向けた。



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夜。



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病室。



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静かだった。



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マサルはペンを持つ。



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震える手。



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同意書。



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署名欄。



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自分の名前を書く。



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マサル。



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書き終わる。



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それで決まった。



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後戻りはない。



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足を失う未来。



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だが生きる未来。



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どちらを選ぶかと言われれば、


答えは一つしかなかった。



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その頃。



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タカシは起訴後初めて弁護士と長時間面会していた。



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現実は厳しい。



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執行猶予は難しい。



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実刑の可能性。



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頭を抱える。



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ケンジもまた、


刑務所の中で過去と向き合い続けていた。



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河合町ソールズ。



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一人は命を奪った。



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一人は違法行為で逮捕された。



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一人は足を失おうとしている。



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誰も十代の頃には想像できなかった。



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だが物語はまだ終わらない。



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次に訪れるのは、


マサルの人生を決定的に変える手術の日だった。



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第47話「失われるもの」へ続く。

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