第45話「壊死」
六月。
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梅雨。
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病院の窓を雨粒が流れていた。
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マサルはベッドに座っている。
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入院して二か月。
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食事制限。
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投薬。
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リハビリ。
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できることは全てやっていた。
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本当にやっていた。
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だが、
現実は必ずしも努力に追いつかない。
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糖尿病は何年もかけて体を壊していた。
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二十代。
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三十代。
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飲酒。
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暴飲暴食。
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運動不足。
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健康診断の警告。
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全部無視してきた。
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その代償が今になって現れていた。
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午前十時。
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診察。
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医師。
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看護師。
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重い空気。
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マサルは察した。
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良くない話だ。
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医師が足の状態を確認する。
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右足。
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親指付近。
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皮膚の色がおかしい。
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黒ずんでいる。
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感覚も鈍い。
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医師は静かに説明する。
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「血流が非常に悪くなっています」
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マサルは黙る。
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医師は続ける。
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「壊死の兆候があります」
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その言葉に現実感がなかった。
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壊死。
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テレビや本の中の話だった。
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自分とは無関係だと思っていた。
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しかし違った。
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目の前の話だった。
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医師は慎重だった。
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「まだ確定ではありません」
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「ただし危険な状態です」
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「今後の経過次第です」
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それ以上は言わなかった。
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だが十分だった。
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意味は分かる。
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切断の可能性。
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それが近づいている。
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病室へ戻る。
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何も考えられない。
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窓の外を見る。
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雨。
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灰色の空。
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何となく自分の人生に似ていた。
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昔を思い出す。
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高校時代。
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サッカー。
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原付。
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仲間。
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恋愛。
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将来は何でもできると思っていた。
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まさか三十代で、
足を失うかもしれない人生になるとは思わなかった。
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昼過ぎ。
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ナオトからメッセージが来る。
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> 調子どうや?
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返信できない。
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何を書けばいいのか分からない。
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数分後。
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短く返す。
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> あんまり良くない
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それだけ。
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本当はもっと伝えたい。
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怖い。
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不安だ。
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後悔している。
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助けてほしい。
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色々ある。
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しかし言葉にならない。
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夜。
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病室の灯りが消える。
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静寂。
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眠れない。
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隣のベッドから寝息が聞こえる。
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マサルは自分の足を見る。
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布団の下。
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まだそこにある。
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しかし未来は分からない。
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初めてだった。
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本気で死を意識したのは。
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事故でもない。
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病気でもない。
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人生そのものの終わりを。
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その頃。
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アキラは勉強机に向かっていた。
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参考書。
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ノート。
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三十七歳で始める資格勉強。
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遅いかもしれない。
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それでも続けていた。
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ユウスケも少し変わり始めていた。
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婚活を休み、
ジムへ通い始めていた。
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自分を変えようとしている。
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ほんの少し。
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だが確実に。
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一方で、
タカシの状況は悪化していた。
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起訴。
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裁判。
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現実が迫っている。
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そしてケンジは、
刑務所の中で三度目の夏を迎えようとしていた。
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河合町ソールズ。
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十代の頃は誰も想像していなかった。
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友情が人生を支えることもある。
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しかし時に、
停滞させることもある。
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変化を拒み続けた結果、
失われた時間はあまりにも大きかった。
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そして夏。
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マサルに、
ついに決断の時が訪れる。
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第46話「同意書」へ続く。




