第43話「切断の可能性」
五月中旬。
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病院の朝は早い。
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午前六時。
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マサルは目を覚ました。
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眠れた気がしない。
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何度も目が覚めた。
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足が痛む。
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いや、
痛みだけではない。
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感覚がおかしい。
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右足の指先。
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痺れ。
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冷たさ。
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違和感。
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日を追うごとに悪化していた。
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看護師が来る。
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血糖値測定。
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点滴。
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薬。
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規則正しい生活。
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以前の自分なら耐えられなかった。
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しかし今は違う。
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ここから出るのが怖かった。
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外へ出れば酒がある。
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居酒屋がある。
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誘惑がある。
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病院の方が安全だった。
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それほどまでに自分を信用できなくなっていた。
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午前十時。
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診察室。
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担当医。
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看護師。
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そしてマサル。
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医師の表情は重かった。
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検査結果を見ている。
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嫌な予感がする。
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マサルは黙る。
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医師が口を開く。
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「足の状態ですが……」
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一瞬の沈黙。
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「良くありません」
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胸が締め付けられる。
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医師は画像を見せる。
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血流。
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神経。
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組織。
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専門的な説明。
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だが一つだけ理解できた。
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危険だということ。
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医師は慎重に言葉を選ぶ。
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「今すぐではありません」
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「ですが今後も悪化すれば」
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再び沈黙。
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そして続ける。
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「切断を検討しなければならない可能性があります」
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世界が止まったように感じた。
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切断。
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足を。
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失う。
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そんな話が自分に関係するとは思ったこともなかった。
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交通事故でもない。
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大怪我でもない。
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酒と生活習慣。
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それだけで。
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人生がここまで壊れる。
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マサルは言葉を失う。
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医師は続ける。
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「今ならまだ回避できる可能性があります」
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「しかし本当に生活改善が必要です」
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「これが最後の警告です」
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最後。
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その言葉が重かった。
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診察室を出る。
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廊下。
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足元を見る。
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右足。
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今はまだある。
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動く。
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歩ける。
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しかし未来は保証されていない。
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病室へ戻る。
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誰もいない。
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静かだった。
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ベッドに座る。
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そして初めて泣いた。
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事故の時も。
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仲間の逮捕の時も。
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入院の時も。
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泣かなかった。
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だが今日は違った。
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怖かった。
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本当に。
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失うことが怖かった。
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午後。
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ナオトが見舞いに来る。
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病室に入る。
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マサルの様子がおかしいことに気付く。
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目が赤い。
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何かあった。
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すぐ分かった。
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マサルは笑おうとする。
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しかし笑えない。
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そして言う。
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「足なくなるかもしれん」
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ナオトは言葉を失う。
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冗談ではない。
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本気だった。
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マサルは窓の外を見る。
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「俺な」
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「酒で人生終わる人間なんか馬鹿やと思ってた」
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苦笑する。
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「自分がそうなるとは思わんかった」
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その言葉にナオトは何も返せない。
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返せる言葉がなかった。
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夕方。
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病院を出たナオトは、
一人で歩く。
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河合町ソールズ。
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十代からの仲間。
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ずっと続くと思っていた。
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しかし現実は違った。
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事故。
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病気。
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逮捕。
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暴力。
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孤独。
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全員が何かを失っている。
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そしてまだ終わらない。
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その頃、
留置施設のタカシには新たな取り調べが始まっていた。
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警察はさらに大きな事件との関係を調べている。
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状況は悪化していた。
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そして遠く離れた刑務所では、
ケンジがある知らせを受ける。
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それは彼の心を再び深く傷つけるものだった。
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河合町ソールズの崩壊は、
まだ底に到達していない。
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第44話「面会拒否」へ続く。




