第33話「結果発表」
十一月。
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朝の空気が冷たい。
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河合町にも冬の気配が近づいていた。
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ナオトは試験会場の前に立っていた。
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資格試験の日から一か月。
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今日は合格発表だった。
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手が少し震える。
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三十六歳になって、
こんな緊張を味わうとは思わなかった。
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高校受験以来かもしれない。
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画面を見る。
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受験番号一覧。
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ゆっくり探す。
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一列。
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二列。
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三列。
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そして見つける。
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自分の番号。
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一瞬理解できなかった。
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何度も確認する。
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間違いない。
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合格だった。
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ナオトはしばらく立ち尽くす。
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嬉しい。
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しかしそれ以上に、
信じられなかった。
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自分にもできた。
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三十代半ばからでも。
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少しずつでも。
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積み重ねれば。
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その事実が胸に響く。
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事故以来、
初めて前を向ける出来事だった。
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スマホを開く。
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母親へ連絡する。
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> 合格した
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数秒後。
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返信。
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> 良かったな
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短い文章。
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だが温かかった。
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ナオトは少し笑う。
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その頃。
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タカシは別の通知を見ていた。
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銀行アプリ。
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残高。
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借金は減っている。
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闇の仕事の金で。
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確かに減っている。
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しかし安心できない。
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最近、
佐伯からの連絡が増えていた。
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仕事も増えている。
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報酬も高くなっている。
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そして仕事内容も曖昧になっている。
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「運べ」
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「渡せ」
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「聞くな」
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それだけ。
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普通ではない。
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分かっている。
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それでも抜けられない。
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借金を理由に始めた。
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今は断るのが怖い。
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関係を切るのが怖い。
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まるで昔の河合町ソールズのようだった。
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抜けられない関係。
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形が変わっただけだった。
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一方、
マサル。
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病院。
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診察室。
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医師が検査結果を見る。
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表情は厳しい。
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「数値が悪化しています」
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「本当に酒を減らしていますか?」
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マサルは答えられない。
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嘘はつけない。
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減らしていない。
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いや、
減らせない。
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仕事でストレス。
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事故のニュース。
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将来への不安。
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全部を酒で流そうとしている。
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しかし流れない。
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体だけが壊れていく。
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夜。
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久しぶりに河合町ソールズのグループLINEが動く。
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ナオトだった。
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> 試験受かった
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数秒。
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既読が付く。
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そして返信。
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アキラ
> おめでとう
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ユウスケ
> すごいやん
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シンジ
> やるやん
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短い言葉。
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しかし事故以来、
初めて少しだけ明るい話題だった。
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ナオトはスマホを見る。
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嬉しかった。
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だが同時に複雑だった。
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もし十年前に始めていたら。
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もし二十代で頑張っていたら。
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そんな考えも浮かぶ。
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しかし今は違う。
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過去は変えられない。
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変えられるのは今だけだった。
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その時。
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グループに新しい通知。
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タカシ。
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> 俺も頑張らなあかんな
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それだけだった。
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誰も知らない。
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その時のタカシが、
違法な仕事で借金を返していることを。
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誰も知らない。
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彼が少しずつ、
危険な世界へ沈んでいることを。
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そして誰も知らない。
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数か月後、
警察がその世界に踏み込むことを。
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河合町ソールズ。
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崩壊した友情の残骸。
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だがまだ全員は生きている。
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まだ。
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この先、
さらに多くを失うことになる。
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第34話「判決」へ続く。




