第31話「法廷」
事故から七か月。
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地方裁判所。
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朝九時。
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空は曇っていた。
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裁判所の前には報道関係者が集まっている。
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テレビ局。
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新聞社。
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ネットニュース。
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大きな事件ではない。
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全国ニュースになるほどでもない。
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しかし地方では十分大きな事件だった。
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飲酒運転。
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高校生死亡。
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被告三十六歳。
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誰が見ても重い事件だった。
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法廷。
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傍聴席には多くの人が座っている。
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陽斗の家族。
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親族。
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学校関係者。
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報道関係者。
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そしてナオトもいた。
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来るか迷った。
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何度も迷った。
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だが来た。
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逃げたくなかった。
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見届ける必要があると思った。
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被告人入廷。
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ケンジが入ってくる。
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痩せていた。
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事故前より明らかに。
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髪も短くなっている。
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顔色も悪い。
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昔の面影は残っている。
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しかし、
もう別人のようだった。
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裁判長が入廷する。
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静寂。
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手続きが始まる。
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検察官が立ち上がる。
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事故の経緯が読み上げられる。
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飲酒。
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運転。
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赤信号無視。
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衝突。
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死亡。
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淡々とした言葉。
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しかし内容は重い。
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ケンジは俯いたままだった。
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一言一句が胸に刺さる。
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その後、
被害者側の意見陳述が行われる。
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陽斗の父が立ち上がる。
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手には紙。
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しかし途中から紙を見ることができなくなる。
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声が震える。
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「息子は……」
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法廷が静まる。
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「息子は整備士になりたかったんです」
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「資格の勉強もしていました」
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「家族旅行の計画もありました」
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「卒業したら働く予定でした」
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言葉が詰まる。
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涙を堪えている。
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傍聴席からもすすり泣きが聞こえる。
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父親は続ける。
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「それが全部なくなりました」
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「未来がなくなりました」
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「息子は何も悪くありませんでした」
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その言葉が法廷に響く。
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ケンジは顔を上げられない。
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ナオトも目を閉じる。
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事故の日。
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居酒屋。
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代行呼ぶか。
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大丈夫。
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あのやり取りが頭を離れない。
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陽斗の母も意見を述べた。
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涙で言葉が途切れる。
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「朝起きても」
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「まだ帰ってくる気がするんです」
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「玄関が開く気がするんです」
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誰も顔を上げられない。
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法廷全体が重い空気に包まれる。
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その後、
被告人質問。
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裁判長が聞く。
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「なぜ運転したのですか」
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ケンジは沈黙する。
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数秒。
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長い沈黙。
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そして答える。
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「大丈夫だと思っていました」
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法廷が静かになる。
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それが全てだった。
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酒を飲んでも。
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近くだから。
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慣れているから。
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今まで事故がなかったから。
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その慢心。
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その積み重ね。
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それが一人の命を奪った。
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裁判は続く。
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しかし結論は見えていた。
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有罪。
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実刑。
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避けられない。
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閉廷後。
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傍聴席の人々が立ち上がる。
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陽斗の家族は静かに退出する。
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ケンジと目を合わせない。
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合わせる必要もない。
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許していないからだ。
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許せる話ではないからだ。
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ナオトは裁判所の外へ出る。
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曇り空。
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冷たい風。
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胸が苦しい。
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裁判はケンジのためのものではない。
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失われた命を確認する場所だった。
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そしてナオトは思う。
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これはケンジ一人の問題だったのか。
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本当にそうだったのか。
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止めなかった仲間。
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笑って流した周囲。
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見て見ぬふりをした人たち。
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全員に責任がないとは言えない。
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その思いが胸に残る。
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そして同じ頃。
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タカシは別の場所で、
さらに危険な仕事を引き受けようとしていた。
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河合町ソールズの崩壊は、
まだ序章に過ぎなかった。
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第32話「深夜の配送」へ続く。




