第30話「判決前夜」
事故から半年。
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秋が近づいていた。
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河合町の田んぼは黄金色に染まり始めている。
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季節は巡る。
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しかし、
止まったままの人生もあった。
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ケンジ。
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留置施設から拘置所へ移され、
裁判を待っていた。
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三十六歳。
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無職。
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被告人。
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半年前まで想像したこともない肩書だった。
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朝。
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狭い部屋。
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決められた時間。
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決められた生活。
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自由はほとんどない。
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ケンジは天井を見つめる。
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最近、
毎晩同じ夢を見る。
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交差点。
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赤信号。
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ヘッドライト。
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高校生。
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衝突音。
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そして目が覚める。
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何度も。
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何度も。
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逃げられない。
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夢の中でも。
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現実でも。
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被害者の名前を知ってしまった。
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高橋陽斗。
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十七歳。
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工業高校生。
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整備士志望。
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その情報が頭から離れない。
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ただの「被害者」ではなくなった。
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人生があった。
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家族がいた。
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夢があった。
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それを自分が奪った。
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その事実だけが残る。
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午後。
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弁護士との面会。
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裁判の日程が決まった。
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判決も近い。
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弁護士は冷静に説明する。
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量刑。
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情状。
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反省。
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賠償。
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法律用語が並ぶ。
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しかしケンジの耳にはあまり入らない。
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刑期の長さより、
失ったものの方が大きかった。
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仕事。
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信用。
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仲間。
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未来。
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全部消えた。
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夜。
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ナオトは自宅にいた。
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机の上には参考書。
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問題集。
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ノート。
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事故以来、
半年続いている。
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少しずつだが進んでいる。
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模擬試験の結果も悪くなかった。
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しかし喜べない。
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勉強するたび思う。
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なぜ十年前にやらなかったのか。
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なぜ二十代を酒で潰したのか。
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後悔は消えない。
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ただ、
後悔だけで終わりたくないと思い始めていた。
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一方、
タカシ。
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倉庫街。
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深夜。
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二度目。
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三度目。
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四度目。
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もう慣れてきていた。
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荷物運び。
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現金。
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質問しない。
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中身を見ない。
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それがルールだった。
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報酬は良い。
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だから続ける。
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だが最近、
仕事の内容が少しずつ変わってきている。
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運ぶ場所。
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受け取る人。
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明らかに普通ではない。
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それでも止めない。
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借金がまだ残っているからだ。
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そして一度踏み込んだ人間は、
戻ることが難しい。
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マサルも苦しんでいた。
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糖尿病。
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視力が少し落ちている。
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足先の痺れもある。
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医師から警告されている。
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しかし酒を完全にはやめられない。
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ストレスを理由に飲む。
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飲んだ後に後悔する。
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その繰り返し。
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ユウスケは婚活を続けていた。
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だが上手くいかない。
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話題がない。
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趣味がない。
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人生に変化がない。
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相手との会話が続かない。
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そして帰宅して酒を飲む。
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アキラは焦っていた。
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周囲は結婚している。
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子供もいる。
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家も買っている。
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しかし自分は何もない。
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その焦りが日に日に強くなっていた。
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かつて毎週笑っていた仲間たち。
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今は誰も笑っていない。
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事故は一つの引き金だった。
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だが本当に壊したのは、
彼らが長年積み重ねてきた生き方だった。
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そして翌週。
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ケンジの裁判が始まる。
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被害者の家族。
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報道陣。
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傍聴席。
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そこには、
絶対に聞きたくなかった言葉が並ぶ。
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「飲酒運転」
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「死亡事故」
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「未来を奪われた高校生」
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判決の日は近い。
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そして河合町ソールズの崩壊も、
まだ終わっていなかった。
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むしろこれから、
さらに深い闇へ落ちていく。
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第31話「法廷」へ続く。




