第3話「金曜の儀式」
金曜日の夜は、もはや“予定”ではなかった。
それは、反射に近いものになっていた。
仕事が終わる時間になると、誰かが自然と連絡を入れる。
> 「今日、いつもの?」
その一言で、全てが決まる。
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ナオトはその日も、夕方の時点でメッセージを見ていた。
既読をつけるかどうか、少しだけ迷う。
しかし結局、指はいつものように動く。
> 「行く」
その二文字で、自分の夜が決まった。
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会社の事務所では、まだパソコンの画面が光っている。
ナオトのデスクの上には、資格試験の参考書が一冊だけ置かれている。
開かれた形跡はあるが、ページはほとんど進んでいない。
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「また今日も飲みか?」
後ろから声がした。
歳下の上司・桜井だ。
ナオトより5歳ほど若い。
だが、会社では完全に立場が逆転している。
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ナオトは少し笑ってごまかす。
「まぁ、付き合いで」
桜井は軽くため息をつく。
「付き合いって言葉、便利ですよね」
その言葉は、優しさでもあり、皮肉でもあった。
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ナオトはそれ以上何も言えなかった。
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夜。
居酒屋の扉を開けると、すでに全員揃っている。
ケンジ、タカシ、シンジ、ユウスケ、アキラ。
誰も遅刻しない。
誰も疑問を持たない。
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ケンジが笑う。
「おう、今日も揃ったな」
その一言で“儀式”が始まる。
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テーブルにはすでに生ビールが並んでいる。
誰が注文したのかは誰も覚えていない。
ただ、いつもそうなっている。
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「乾杯」
声は揃う。
グラスがぶつかる音が、合図になる。
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この瞬間から、時間の意味が少しずつ崩れ始める。
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タカシが笑いながら言う。
「なぁ、俺らってさ、ほんま毎週同じことしてるよな」
シンジがすぐに返す。
「それがええねんやろ」
ユウスケは黙っている。
アキラはスマホを見ている。
ナオトはビールを飲んでいる。
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ケンジが言う。
「変わらんのが一番ええんや」
その言葉に、誰も反論しない。
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しかしナオトは、心のどこかで引っかかる。
変わらないことは、本当に良いことなのか。
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会話は流れていく。
昔話。
学生時代の話。
失敗したバイトの話。
何度も繰り返された内容。
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新しい話題は出ない。
必要がないからだ。
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酒が進むにつれて、声は大きくなる。
笑いも増える。
しかし内容は薄くなる。
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タカシがふと真顔になる。
「俺らさ、ほんまにこのままでええんかな」
空気が一瞬止まる。
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シンジがすぐに笑う。
「またそれかよ」
ケンジも笑う。
「お前そういうキャラちゃうやろ」
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その一言で空気は元に戻る。
戻る、というより“戻された”と言った方が近い。
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タカシは少し笑ってごまかす。
「冗談や冗談」
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ナオトはそのやり取りを見ている。
さっきのアキラの時と同じだ。
一瞬だけ出た本音は、すぐに“冗談”として処理される。
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誰もそれ以上深く考えない。
考える必要がないからだ。
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ケンジが立ち上がる。
「ほな、次行くか」
またその言葉だ。
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「次」
それは、このグループで最も強い言葉だった。
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帰る理由よりも、続ける理由の方が簡単に出てくる。
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ナオトは少しだけ財布を見る。
明日のことが頭をよぎる。
資格の勉強。
仕事。
しかし、それらはここでは弱い。
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「行くか」
ナオトはそう言ってしまう。
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その瞬間、自分がどこかに引き戻されるのを感じる。
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外に出ると、夜はさらに濃くなっている。
街灯の光が道路に長く伸びている。
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ケンジが笑う。
「これが金曜や」
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ナオトは思う。
金曜はいつから“特別”ではなくなったのか。
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そして気づく。
この“儀式”は、楽しいから続いているのではない。
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やめ方を誰も知らないだけだ。
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車のエンジンがかかる。
また移動が始まる。
また酒が続く。
また夜が延びる。
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ナオトは窓の外を見ながら、ぼんやり思う。
このまま進んだ先に、何があるのか。
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答えはまだ見えない。
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ただ一つだけ確かなのは、
この夜が、誰かの人生を少しずつ削っているということだった。
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→ 第4話へ続く(「パチンコの朝」)




