第2話「男気という言葉」
金曜の夜は、まだ終わっていなかった。
居酒屋を出たあとの彼らの動きは、もう習慣のようなものだった。
「次どうする?」
その問いは毎回同じで、答えもほぼ決まっている。
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「カラオケ行くか」
ケンジが言うと、誰も反対しない。
反対しないというより、反対する理由を持っていない。
ナオトは一瞬だけ財布の中身を思い浮かべるが、それを口に出すことはない。
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タカシが笑う。
「どうせ歌わんでもええやろ。飲めればええねん」
ユウスケも軽く頷く。
「まぁ、いつもの感じでいいんじゃない?」
アキラはスマホを見ながら適当に同意する。
このグループにおいて「意見」とは、空気の流れを確認する作業に近かった。
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カラオケ店の光はやけに白い。
居酒屋の薄暗さとは違い、ここでは全てが少しだけ現実的に見える。
しかし彼らはその違いを気にしない。
部屋に入るとすぐに、ケンジがリモコンを取る。
「とりあえず入れろよ、適当でいいから」
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誰かが歌い出す。
誰でもいい。
歌の上手さは関係ない。
重要なのは「その場にいる」という事実だけだった。
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ナオトはソファに座りながら、ぼんやりと天井を見る。
ここにいる時間は嫌いではない。
ただ、好きでもない。
その曖昧さが、彼をここに縛り続けていた。
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タカシがビールを持ちながら言う。
「なぁナオト、お前まだ資格の勉強やってんの?」
ナオトは少し間を置く。
「まぁ、ぼちぼち」
その答えにケンジが笑う。
「ぼちぼちって一番ダメなやつやん」
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ユウスケが口を挟む。
「でもさ、今さら資格取っても意味あるか?」
ナオトは何も言えない。
反論できる材料もないし、説明する気力もない。
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その沈黙をケンジが埋める。
「まぁでもよ、地元の仲間ってのは一番大事やろ」
その言葉が空気を支配する。
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「男気ってやつやな」
タカシが笑いながら言う。
その瞬間、誰かが缶を掲げる。
「乾杯」
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男気。
この言葉は便利だった。
正しさを証明する必要がない。
反対意見を封じる力がある。
そして何より、
「自分たちは間違っていない」と思い込ませてくれる。
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ナオトはその言葉を聞きながら、ふと考える。
男気とは何なのか。
断らないことか
仲間を優先することか
自分を犠牲にすることか
答えは出ない。
ただ一つだけ分かるのは、その言葉の中に「選択肢」が存在しないということだった。
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ケンジが突然笑う。
「昔さ、俺らで朝まで飲んでそのまま仕事行ったことあったよな」
タカシが吹き出す。
「それ男気やろ」
ユウスケも笑う。
「今思えば無茶やけどな」
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ナオトも笑う。
その笑いに意味はない。
ただ場に合わせただけの反射だった。
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曲が変わる。
誰かがマイクを取る。
音程は外れているが誰も気にしない。
ここでは「正しさ」より「一体感」が優先される。
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その時、アキラがぽつりと言う。
「俺さ、最近ちょっと思うんやけど」
部屋の空気が一瞬だけ変わる。
珍しく真面目な声だった。
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「このままでもいいんかなって」
沈黙。
しかしすぐにケンジが笑い飛ばす。
「お前急にどうしたんや」
タカシも続ける。
「そんなこと考えるタイプちゃうやろ」
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アキラは少し笑ってごまかす。
「まぁな、冗談や」
その瞬間、何かが元に戻る。
いや、戻ったように見えるだけだった。
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ナオトはそのやり取りを見ながら思う。
今の一言は冗談ではなかった。
ただ、冗談として処理されただけだ。
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時間が進む。
歌が続く。
酒が減る。
記憶が曖昧になる。
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ケンジが立ち上がる。
「次行くぞ」
またその言葉だ。
次。
次。
次。
終わりがない前提で組まれた行動。
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ナオトは少しだけ躊躇する。
明日も仕事がある。
資格の勉強もある。
しかし、そのどれもがこの場では弱い理由だった。
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「行くか」
その一言を自分で発した瞬間、もう戻れないことをナオトは知っていた。
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外に出ると、夜はさらに深くなっていた。
街灯の下に影が伸びる。
車のドアが開く音。
エンジンの始動音。
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ケンジが笑う。
「男気やな」
その言葉に、誰も違和感を持たない。
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ナオトは助手席に乗りながら、ふと思う。
この「男気」という言葉は、どこまで続くのだろうか。
どこかで誰かが止めるのか。
それとも誰も止めないまま、続いていくのか。
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答えは出ないまま、車は走り出す。
金曜の夜はまだ終わらない。
そしてこの夜が、何を失わせるのかは、まだ誰も知らない。
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→ 第3話へ続く(「金曜の儀式」)




