第27話「空白の金曜日」
金曜日。
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午後六時三十分。
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以前なら、
河合町ソールズの誰かがLINEを送る時間だった。
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> 今日どうする?
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> 飲む?
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> いつもの店?
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そんなやり取りが当たり前だった。
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しかし今は違う。
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グループLINEは静まり返っている。
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最後の会話から三週間。
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誰も何も言わない。
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事故はそれほど大きかった。
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ナオトは仕事を終え、
一人で帰宅していた。
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車のラジオからは週末の話題が流れている。
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旅行。
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イベント。
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花見。
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しかしどれも自分とは関係ない気がした。
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家に着く。
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時計を見る。
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午後七時。
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いつもなら居酒屋にいる時間だった。
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だが今日は違う。
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誰からも連絡がない。
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部屋は静かだった。
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静かすぎた。
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ナオトは冷蔵庫を開ける。
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缶ビールが並んでいる。
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一本取り出す。
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しばらく見つめる。
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そして戻した。
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事故以来、
少しずつ酒が不味くなっていた。
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飲めば思い出す。
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ケンジ。
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交差点。
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高校生。
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葬儀。
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全部繋がってしまう。
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机の上を見る。
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資格試験の参考書。
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数年前に買ったものだ。
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何度も途中で投げ出した。
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理由はいくらでもあった。
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忙しい。
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疲れている。
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来週からやる。
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飲み会がある。
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そうして何年も過ぎた。
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ナオトは本を開く。
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数ページ読む。
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意外だった。
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少しだけ面白い。
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もっと早く始めればよかった。
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そんな後悔が浮かぶ。
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その頃。
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タカシは別の場所にいた。
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パチンコ店。
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以前ほど客は見えない。
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勝てない。
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分かっている。
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それでも来てしまう。
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理由は簡単だった。
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他に行く場所がない。
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仲間はいない。
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恋人もいない。
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趣味もない。
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資格勉強もしない。
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気付けば、
パチンコ店だけが居場所になっていた。
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結果。
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また負け。
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財布の中身はさらに減る。
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帰り道。
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例のメッセージを思い出す。
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> 金で困ってるなら相談乗るで
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スマホを開く。
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画面を見つめる。
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数十秒。
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そして閉じる。
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まだ返信できない。
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しかし、
少しずつ抵抗感が薄れている。
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危険な兆候だった。
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一方、
マサルは病院にいた。
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糖尿病の定期検査。
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医師は厳しい顔をしている。
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数値は改善していない。
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むしろ悪化している。
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「このままでは危険です」
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何度も聞いた言葉。
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しかし今回の声は重かった。
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合併症。
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失明。
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腎不全。
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人工透析。
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そうした言葉が並ぶ。
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マサルは笑えなかった。
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事故以来、
少しだけ考えるようになっていた。
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人生には終わりがある。
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当たり前の事実。
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だが今まで本気で考えたことがなかった。
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夜。
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それぞれが別々の場所にいる。
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河合町ソールズ。
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かつて毎週集まっていた男たち。
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今は誰も一緒にいない。
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ナオトは参考書を読む。
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タカシは借金に怯える。
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マサルは病気を恐れる。
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シンジはスマホを見つめる。
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ユウスケは婚活サイトを開いて閉じる。
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アキラは一人で缶コーヒーを飲む。
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そしてケンジは留置施設の天井を見ている。
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全員孤独だった。
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事故は仲間を奪っただけではない。
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彼らが目を逸らしていた現実を、
無理やり見せつけた。
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空白になった金曜日。
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しかしその空白は、
新しい人生の始まりではなかった。
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むしろ、
それぞれの破滅が動き出す前触れだった。
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次に崩れるのは誰か。
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その答えは、
もう近くまで来ていた。
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第28話「誘い」へ続く。




